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『もう少し高く』 April,2005 text by Koji Ida
セーリング競技をもっとメジャーにしたい。 今更ながら、そんな子供みたいなことを考えるようになった。このままだと、この競技はなくなってしまうのでは?と理由なく心配する。
いつの間にか僕も、三十歳を超えて、そこから二年が過ぎた。いまも僕はスナイプという二人乗り競技用ヨットで、レース活動を続けている。だが、こんなことを考えだすということは、歳も歳だし、アスリートとしてのやる気が薄れてきたのかなぁ、と寂しくもなってくる。
これまで何回か、全日本チャンピオンという称号も頂戴した。 残してきた結果に対して、必要以上に謙虚な姿勢をとってしまえば、歴代の優勝者や、僕が打ち破ってきたライバル達に失礼だ。才能のない僕にとっては十分満足しなければならない過去のささやかな栄光である。ここで満足しなければ、もう満足に浸るチャンスは残っていない。この国のセーリング競技で、ある程度高い山に登ったと思っている。
その山頂からの眺めは、なかなかいい景色だ。 決して誰でも観られる景色ではないので、尚更である。
しかしながら、次にこの山を登ってくる若い世代の為には、もう少し高い山と、もう少し綺麗な景色を用意してあげたい。
がんばってきた割には、少しモノ足りない。 生意気に聞こえると思うが、今の僕の正直な感想だ。 艇種によって、多少の違いはあるのだろうが、大きな違いもないだろう。
この競技へ恩返しの意味も込めて、何かしたいと思うのだが、その具体的な何かが思い浮かばない。
そんなとき、KAZI誌の方から「コラムを連載してみませんか」という話が舞い下りてきた。
コラムとエッセイの区別もつかない僕などにとっては、なんとも勿体ない御誘いだ。またとないチャンスである。
でも、何を書いていいのやら。 取り敢えず、最初の一話を書いてみて、妻に意見を乞うてみる。
「ヨット雑誌って、パラパラ流し読み程度だし、あなたの文章も専門用語ばっかりで、つまらない……」。
あなたに聞いた僕が馬鹿でした。 ヨットも知らず、ママさんバレーに夢中の妻に、意見を求めた僕が悪い。
でも、確かにそのとおり。 どうせ後ろの白黒ページ。パラパラと読み流される場所だから、誰の目にも止まらない。それなら難しく考える必要まったくなし。それに、妻レベルの人に面白く読んでもらわなければ、やってる僕も意味がない。
読んだ人が、うずうず海に行きたくなるような、わくわくヨットに乗りたくなるような、そんな気分にさせるものが書けたら、僕も最高に気分がいいだろう。実力以上に自分自身を期待して、トライしてみることにした。そしていつか妻をギャフンと言わせてみせる。
セーリング競技をもっとメジャーにしたい。 とてつもなく、難しい目標だと思う。
でも、結局は人の数なのだ。
海に人を集める為に何かを書こう。 僕にできることは小さいけれど、大勢の人が集まれば、その中には僕ができないことをできる人がいるはずだ。
僕の得意中の得意技「タニンマカセ」を炸裂するのだ。
この山を次に登ってくる若い世代の為に、もう少し高い山と、もう少し綺麗な景色を用意してあげたい。
これからの若い選手達がこぞって登りたくなるような、険しいけれども他では観られない絶景が約束されている、憧れの山頂。
そんなことをして何になるのかって? 勝手かもしれないが、僕自身が、そんな若い選手たちをレースでやっつけて、今よりもう少しいい景色を眺めたい。
まだまだ、やる気が残っている。 ■
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【筆者注釈】 KAZI連載「ディンギーノってる?」の初回用として書き上げたが、不採用となった未発表原稿。 |
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