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徒然なるままに〜(協会WEB連載)

『ヘルムについて』

June,2002

 text by Koji Ida

 

 

回は、ちょっとチューニングという主題から離れるかもしれませんが、“ヘルム”について。

 

スナイプに関してでも、ヨット一般に関してでも、専門誌などの講座記事には「適度なウエザーヘルムを残す」ようなセッティングをしなさい、と書いてあるのを、読んだことがある人は少なくはないでしょう。

 

先輩やOB、コーチの人が口にするのも、「適度なウエザーヘルムを感じながら…」。良く読んだり聞いたりする表現です。

 

その「適度なウエザーヘルム」の「適度」って、どれくらい?と疑問に感じた事はありませんか。

 

 

 

ヘルムとは、セールの揚力中心点と艇の回転軸の前後位置の差などにより、風上側に進もうとしたり(ウエザーヘルム)、風下側に進もうとしたり(リーヘルム)、という力学的な原因による艇の“癖”であると、私自身は認識しております。

 

ウエザーヘルム及びリーヘルムが発生している場合、艇を直進させようとすれば、ティラーを切り、ラダー抵抗を使って、艇の進行方向を修正しなくてはなりません。

 

 

“ウエザーヘルムを残す”ということは、艇を直進させる為に、常にティラーを切っている訳で、ラダー抵抗により艇速を減少させ続けている状態であるということです。

 

なぜ、そのようなセッティングが理想とされているのでしょうか。

 

私が理想とするのは、ウエザーヘルムもなく、リーヘルムもない、ジャストヘルムの状態。ラダー抵抗なしで艇を直進させることのできる状態です。

 

必要な時だけラダー抵抗を与え、それ以外の時はスピードの妨げになるものは最小限に抑える。

 

しかし、これは理想です。セッティングによるヘルムの調整以外に、風向風速の変化によるヒール角度の変化等によってもヘルムは変わってきます。

 

レース中、全ての変化に対応してハンドリングすることは不可能に近いと思います。また艇のセッティングをジャストヘルムを基本にしていると、ヒール角度等の変化により、リーヘルムにも、ウエザーヘルムにも変化します。

 

このようにヘルムがリーヘルムになったり、ウエザーヘルムになったりという変化は、非常にハンドリングし辛いものとなります。

 

この文章だと解りにくいですね。

 

解り易く表現する為に、ヘルムの強さを架空の数値で表してみましょう。

 

 

海面の変化やペアのハンドリング技術で、感じるヘルムの変化幅の絶対値が 10 あるとしましょう。

 

リーヘルムは−(マイナス)、ウエザーヘルムは+(プラス)、ジャストヘルムは±0とします。

 

この時、ジャストヘルムを基本としてセッティングしている場合は、−5のリーヘルムから、+5 のウエザーヘルムまでの変化になります。

 

この時にヘルムスマンのティラーに感じられる感覚は、マイナス域(リーヘルム)の時は押される感じ、プラス域(ウエザーヘルム)の時は引っ張られる感じ、となります。

 

この場合、体重移動でコントロールすることを除外して考えると、ティラーを扱う動作は“押す”と“引く”の2種類の動作になります。

 

また艇のセッティングを +5 のウエザーヘルムを中心にセッティングした場合だと、同じ変化量の絶対値が同じ 10 としても、±0のジャストヘルムから、+10 のウエザーヘルムということになります。

 

この場合のティラーを扱う動作は“引かない”と“引く” になります。“引く”という一つの動作をするか、しないか、ということですので、前述の“押す”“引く”の2動作と比べると、単純に考えてハンドリングが簡単になります。多分。

 

 

 

私は昨年、J/24というワンデザインキールボートの世界選手権へ向けたキャンペーンをしておりました。それまでスナイプ以外の艇種でティラーを握る事は余り無かったのですが、チャンスに恵まれ、良い経験を積む事が出来ました。

 

J/24クラスというのは、艇の設計・クラスルールの制限等により、風速がある程度上がり、パーマネント(バックステー)等でマストを後傾させてこないとウエザーヘルムが発生しません。しかもキール長が短い為に、オーバーヒールをつけてウエザーヘルムを得ようとすると、思いっきりリーウェイしてしまいます。

 

このようにヘルムが一定しない艇種をハンドリングするには非常に集中力を必要とします。ブローの動きとか他艇との位置関係とかを見てる間がありません。ある程度慣れてくると多少は余裕が出てくるのですが、スナイプと比べれば雲泥の差です。スナイプの場合は、セッティングでヘルムをコントロールする場合に、クラスルールによる制限はありませんし、ボート設計もウエザーヘルムが出易いようになっています。

 

 

 

以上のような理由で、ハンドリングを易しくする為にジャストヘルムではなく、ヘルムを偏らせてセッティングするのがベターと定義されていると思います。

 

ウエザーヘルムに偏らせるか、リーヘルムに偏らせるか、どちらが良いかというと、レース中よそ見しているときに、勝手に上っていく方か、勝手に落ちていく方か、どちらが良いかといえば上っていく方が良いでしょう。

 

他艇種では異なる場合もあるかもしれませんが、取り敢えずスナイプに関しては、ウエザーヘルムに偏らせたセッティングをする方がベターと思います。

 

 

 

ここで最初に戻って、“適度なウエザーヘルム”ってどれくらい?ということなのですが、私の理想はあくまでジャストヘルム。

 

ジャストヘルムのセッティングだとハンドリング技術が未熟な為に、艇のコントロールが不安定になるので、操作性を考えてウエザーヘルムを若干残してやる、といった考え方を私はしています。

 

セッティング以外でヘルムの変化に大きく影響を与えるのがヒール角度です。

 

オーバーヒールをすればウエザーヘルムが増加しますし、アンヒールが入ればリーヘルムが発生します。

 

ヒールをフラットに保とうすれば、風速風向の変化によって、体重移動やセールトリムにより、ヒールをコントロールする訳ですが、その技術が上手いか下手かによって、前段で例にあげたヘルムの変化幅の絶対値が変わってきます。

 

例えば、大学一回生のA君とB君のペアの技術レベルだと、ヒールの取り方が下手糞なので、ヘルムの変化幅絶対値が 10 とします。この技術レベルで、なるべくリーヘルムの入らないハンドリングし易いセッティングにしようとすれば、基準を+5のウエザーヘルムのセッティングにしてやるという事になるでしょう。

 

しかし、大学四回生のC君とD君のペアだと、練習量も経験も抜群でハンドリングも上手く、極端なオーバーヒールやアンヒールも入らないので、ヘルム変化幅の絶対値が 6 です。そうすると適度なセッティングは、+3のウエザーヘルムを持たせたセッティングとなります。

 

そうするとCD君ペアはセッティング上のウエザーヘルムが少ないので、艇を直進させる為のラダー抵抗も抑えられて、より速い艇速を得る事が出来る。はず。多分。おそらく。

 

という訳で、適度なウエザーヘルムというのは、ペアの技量によって違ってくるものと思います。

 

自分達で走らせ易いセッティングを各自で追求しなくてはなりません。

 

とは言いましても、走らせ易いセッティング=速いセッティング、ではありませんから、勘違いしませんように。

 

 

 

私は、シーズン前半から中盤にかけて、ジャストヘルムのセッティングで練習します。

 

レーキの数値については、その時のヒール角度基準にも関係しますので、一定していないのですが、そのジャストヘルムの状態で練習する事により、自分のハンドリング技術を磨きます。

 

ヒール角度を一定に保ち、そこでの変化によるヘルムの変化への対応や進行方向の変更を、ペアの重心移動とセールトリムによって、極力ティラーを切らずにハンドリングできるよう、技術の習得に努めます。

 

言うなれば、ハンドリングし辛いセッティングにして、ハンドリング技術を養うという感じ。

 

シーズン後半になり、目標とするレースが近づいてくれば、その時点で走り易いセッティングに変えていきます。

 

こういった感じでレースまでの準備を進めて行くと、本番のレース中には無意識下でハンドリングに集中することが出来、意識的なところで、海面コンディションの変化・艇団の動き等に集中し、冷静にコース選択をすることが可能となる。はずです。

 

実際には、偉そうに言うほど艇も速くないし、ハンドリングも上手い訳ではないのですが…。

 

ただ私の場合は、練習中には“セッティングの向上”よりも“ハンドリング技術の向上”に重きを置いているつもりなので、そんなふうに練習しています。

 

 

 

ハンドリングの考え方は、風向風速等の変化によってアクションを開始する際、まず最初にペアの重心位置を移動する事によって、対応しようとしています。

 

“ヒールを取るのはクルーの仕事”と一部の人は認識しているかもしれませんが、私の考えは違います。

 

ヘルムの量をコントロールする為にヒールをコントロールする訳ですから、ヘルムの変化が解るのは、ティラーを握っているヘルムスマンしかいません。

 

ですので、ヘルムスマンが中心になってヒールコントロールをします。

 

私自身が、フルハイクからオンデッキまで稼動しやすい範囲の真中に、なるべく重心を置きます。

 

その位置に居れるように、クルーにポジショニングしてもらいます。

 

私の位置が一番動き易いポジションから外れてきたら、クルーに声を掛けて移動してもらい、自分を稼動範囲の中心に戻そうとします。ですので、クルーが大きなバランスをとり、ヘルムスマンが細かいバランスをとる、といった感じ。

 

ペアでお互いに役割を意識して練習に取り組んでいけば、最初は声を掛け合いながらバランスをとっていますが、次第に声を掛ける事もなく自然にバランスがとれるようになっていきます。

 

同じ事をクローズホールドだけでなく、フリー帆走の時も心掛けています。

 

 

 

バランスの取り方について、後輩のクルーを怒鳴って怒っている先輩ヘルムスマンの風景をよく見掛けますが、これは大部分で間違い。スパルタで厳しさを教える、という意味では有効かもしれませんが…。

 

最適なヒールトリムを実現する為には、ヘルムスマンがしっかりとリードし、ペア同士で声を掛け合いながら、ポジショニングしていかなくてはならないと思います。

 

このバランスをとる為の重心移動について、ただ“動く”で片づけずに、更にワンステップ上げて、「どのタイミングで、どの方向に、どれだけ、どんなスピードで、“動く”のか。」考えてみましょう。

 

そんなことを考え、実行に移し、これにセールトリムを織り交ぜることによって、初めてスナイプは“スポーツ”になり得ます。

 

そこに達しない人は、単なる“乗り物に乗った乗員さん”でしかありません。

 

 

 

「適度なウエザーヘルムって、どれくらい?」という疑問に対しての答えは、結局のところ、私は解答できません。

 

同じセッティングの同じ艇に乗ったとしても、維持するヒール角度やバングコントロール等で、ヘルムの発生量は人によって違ってきます。

 

自分の感覚の中だけで解り得るものだと思いますので、他人に聞いたりすることが既に間違っている。

 

先輩やコーチの人に「これくらいだ!」と教えられたら、その人は嘘つきです。全然解ってない人。その人の言う事は、全て聞かない方が良いでしょう。多分。

 

逆に「ハイレベルは質問をするね〜。僕が教えて欲しいくらいだよ。」というような解答をくれる人は信用出来そうです。

 

一度、普段偉そうに教えてくれる先輩やコーチに、この質問を投げかけてみましょう。その指導者の質が解るかも。

 

所詮、ヘルムをコントロールする為にセッティングを考える、と言っても、レーキ値を大きくても50mmくらいの範囲内で変える程度です。

 

大した影響が有る訳ではありません。余り気にし過ぎない方が良いのかもしれません。

 

私は気にしますけどね。

 

 

 

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