BACK NUMBER  esseys of sailing and life.

 Back to index

ディンギーノッてる?(KAZI連載)

『答えを求めて』

November,2005

 text by Koji Ida

 

 

「ヨットレースで勝つためには、どうすればいいですか?」

 

 

学生向けの講習会などに、僕なんかの若輩者が講師として呼んでいただける機会がある。

 

そんな、学生セーラーたちと触れ合えるときは、非常に楽しい時間だ。

 

ただ僕は、自分からペラペラとヨットレースについて講義できるほど、知識もないし、話術もない。

 

なので、僕から喋るのではなく、学生たちの質問に答える時間を多くとってしまう。

 

そんなとき、最近の若者たちはスゴク知識豊富なので、いろいろな具体的難問を投げかけてくれる。

 

セールのシェイプがどうだとか。

チューニングがどうだとか。

タクティクスがどうだとか。

 

気合系セーラーの僕としては、回答に困ってしまいタジタジだ。

 

でも偶に、冒頭のような超抽象的質問をしてくれる学生がいる。

 

そんなとき、僕はドキッとしてしまう。

 

 

 

 

中学生のとき、数学の問題集をクリアしようと机に向かう。

 

どうしても解けない問題がある。

 

僕にとっては、ほとんどの問題が難問なのだが、その中でも、どうしても解けない問題がある。

 

でも、それらの問題集には、必ずといっていいほど、解答集が添付されており、それを読めば、問題に対する答えと、その答えの導き方が分かるように記述されている。

 

しかしながら僕は、その解答集を読まないのだ。

 

答え合わせはするが、その答えが間違っていれば、また自分で考える。

 

自分で導き方が分かるまで、延々と考える。

 

それでも答えが分からなければ、考えるのを辞めてしまう。

 

 

皆さんはどうだったろう。

 

明らかに、解答集を読む方が効率的だし、普通のことだ。

 

そこで理解できれば、つぎの問題に進むことができる。

 

でも僕は、答えを出す過程を考えることに執着した。

 

答えを読まないと分からないのであれば、分からないままでよかった。

 

そんな僕だから、必要な公式も覚えない。

 

公式の導き方を理解していれば、覚える必要はないと思っていたから。

 

そんなオバカな僕だから、テストのときは公式を導き出すところから始めていた。

 

公式を覚えているクラスメートは、スラスラ回答を書き込んでいくのに、僕はテストの大半の時間を、公式を導き出すことに使っている。

 

当然、時間が足りなくなって、問題のすべてを答えることができない。

 

でも、それでいいと思っていた。

 

そんなオカシな僕だから、テストの点数なんてどうでも良かった。

 

受験の為だけの、覚えたもの勝ちの学問なんて、なんの興味も沸かなくなった。

 

 

 

 

そんなとき、ある難問にぶつかった。

 

「ヨットレースで勝つためには、どうすればいいですか?」。

 

この問題が解けずに、現在に至っている。

 

数学は嫌いだったので、解らなければ辞めることができた。

 

でも、この「セーリング」という学問は、好きになってしまったので、辞めることができずに困っている。

 

しかもやっかいなことに、解答集も添付されていない。

 

その上、この問題の答えは、机の上で、答案用紙に書けばいいのではない。

 

海の上で、ヨットに乗って、自分の肉体を使って、答えを表現しないといけないのである。

 

 

 

その答え、いままで何度か「解ったかな」と思えるときがあった。

 

そう感じた直後に、いつも自分が思い上がっていたことに気づかされる。

 

解りそうで、解らない。

 

やればやるほど、逆に答えから遠ざかっていると感じるときもあった。

 

でも僕は、答えを導く過程が好きなので、その答え自体はどうでもいいのかもしれない。

 

解答集がないのも、丁度よかったのだ。

 

そんなことを考えているから、

 

「ヨットレースで勝つためには、どうすればいいですか?」

 

とストレートに質問をされたとき、ドキッとするのだ。

 

そんな質問をくれる学生がいることを、うれしく感じてしまう。

 

でも、まだ答えを知らない気合系セーラーの僕としては、冷たくこう答えるしかないのである。

 

「それが解れば、こんなに苦労しないんだよ〜ん」

 

 

 

 Back to index

 esseys of sailing and life.  BACK NUMBER