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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

『グッド ホビー!』

December,2005

 text by Koji Ida

 

 

「うらやましいねぇ。いい趣味を持っていて」

 

職場の人たちが、そういって僕に話し掛けてくる。

 

でも僕自身、セーリング競技のことをそんなにいい趣味とは思っていない。

 

ヨットに乗ることは、気分がよいときもあるが、多くの場合は苦痛が伴う。

 

天候の悪い日もあるし、ストレスが重くのし掛かるレースもある。

 

必要以上に紫外線を浴び、乗るときの姿勢は、健康上あまり良いとは思えない。

 

それでも周囲の人たちは、僕をうらやましがっている。

 

 

 

 

 

数年前の僕は、ヨットのことを「いい趣味」と表現されることが嫌だった。

 

趣味とは楽しいものである。

 

でも、自分が生活の中心に置いている競技スポーツとしてのヨットは、“楽しい”とは反対の位置に存在する、もっと厳格で、もっと崇高ものだと思っていたからだ。

 

だから「趣味」という軽い一言で片付けてしまう人たちに、怒りすら覚えた。

 

周囲の人からみれば、そんなときの僕は、すごくトゲトゲしく感じられたであろう。

 

 

 

 

 

しかしながら悲しいことに、どんなに厳格で崇高な目標を掲げていようが、僕は普通のサラリーマンだ。

 

競技を続けるのに、特別な待遇がある訳でもない。

 

日々の残業や休日出勤、顧客とのお付き合い、それらすべてを無くすことはできない。

 

かといって、僕には会社を投げ出して、競技に人生すべてを懸けるような勇気もない。

 

石橋をたたいた上で渡らない。

 

臆病さには、誰にも負けない自信を持っている。

 

 

 

 

 

という訳で、僕のような小心者セーラーには、どうしてもセーリングと仕事の両立が必要になってくる。

 

僕のとった手段は、ヨット馬鹿をアピールすること。

 

入社して、職場に配属された瞬間から「ヨットで日本一になるんですよ!」と周囲に言いまくってきた。

 

全日本選手権への地域予選も突破したことがないのに。

 

 

 

「目標を諦めない人間と、諦める人間。どっちが部下に欲しいですか?」と、呑みに行くたびに上司に絡んでいたのを思い出す。

 

そんな馬鹿を繰り返すたびに、周囲が馬鹿を認知してくれたようだ。

 

お酒の誘いも、僕のトレーニングとの都合を聞いてくれるようになったし、遠征などで休みを取る際にも、職場の仲間がフォローをしてくれるようになった。

 

 

家庭でも同じである。

 

「きみは、競技者である僕と結婚したのか?平凡なサラリーマンと結婚したのか?」と妻を洗脳する。

 

競技者を続けていても、平凡なサラリーマンであることに変わりはないのに。

 

 

 

そんなこんなで、妻は週末に練習に行くことを快く許してくれる。

 

レースで遠征に行く際には、できるだけ同行しようとし、その小旅行を楽しみにしてくれる。

 

一緒にヨットを続ける仲間や、その家族たちの雰囲気がいいからだろう。

 

周囲のみんなにも感謝である。

 

 

 

 

でも、仕事も家庭も「両立」である。

 

一方通行では、どこかで歪みが出てしまう。

 

セーリングに時間を費やした分だけ、その後に仕事と家庭に時間を費やさなくてはならない。

 

遠征の前後には、普段の倍のスピードで仕事をこなし、家にいるときには、妻の要望にも快く応えなければならない。

 

セーリングをさせて貰っていることに感謝し、その気持ちを行動で表現して、周囲にお返しすること。

 

これが僕の考える「両立」である。

 

 

 

 

 

大変な作業であるが、それが苦痛になって、両立を諦めてしまったとき、僕は「うらやましいねぇ、君は」と、言う側の人間になってしまうのだろう。

 

 

でも僕は、そっち側には行きたくない。

 

だから苦痛にならないように、ときにはセーリングも休むことにしている。

 

だから今は、それぞれが楽しみをもって両立できている。

 

そして今は、素直にこう言えるようになった。

 

「うらやましいでしょ、いい趣味を持っていて」。

 

 

 

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