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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

『合宿生活』

Sep,2006

 text by Koji Ida

 

 

「そんなこともあったよね!」

 

先日、友人の結婚式に出席させていただいた。新郎は、僕の大学ヨット部の一年後輩だ。

 

ヨット部の同期や後輩たちが披露宴会場に集まり、昔話に花が咲く。

 

みんな大学を卒業して10年以上が経過し、仕事や家庭でなんらかの責任を背負うようになったが、それでも皆まだまだ若い世代だ(と、自分たちでは思っている)。

 

セーリングに携わっている人間は少なくなった。でも、海から離れてしまった連中も、ヨット部時代の想い出は忘れていない。

 

 

とくに“合宿生活での失敗談”は余るほどあり、披露宴から二次会に移っても、決して話題は尽きない。

 

 

 

 

「なんじゃここは!?」

 

僕が大学ヨット部の合宿にはじめて参加したときの、最初の感想だ。

 

全日本インカレ優勝を目指す伝統校だったのだが、練習もさることながら、合宿生活のルールがとても厳しかった。

 

一回生のときは下働きばっかり。

 

ヨットに乗ることは殆どなかったのだが、ヨットに乗っているほうが楽だった。

 

艇庫の掃除。

食事の準備や皿洗い。

上級生が乗るヨットの艤装と後片付け。

練習後の艇やセールの整備。

 

その作業の規則と制限時間が細かく決められていて、それが守れないと先輩にこっぴどく怒られる。

 

自由時間は、一日の仕事が終わってから消灯までの30分くらい。

 

週の半分が、そんな檻の中での合宿生活。

 

 

 

こんなところで青春時代を過ごすのは、普通ではない。

 

当時、世間はバブル景気の絶頂期。若者が好奇心をそそられるコンテンツは、今より多かったかもしれない。

 

僕はスポーツ推薦で入学したので、ヨット部での生活に仕方なく耐えていたのだが、同期は大学に入ってセーリングを始めた者ばかりだ。

 

「なぜ、ここで続けられるのだろう?」

 

と疑問に思うのも通り越して、同期たちが尊敬すべき存在となった。

 

スポーツ推薦で入った僕でさえ、辞めたいと思ったことは一度ではない。でも、一緒に頑張れる仲間がいたから、紙一重のところで踏ん張れたのだと思っている。

 

 

 

 

厳しいことがいいとは限らないし、厳しくなければいけない訳ではない。

 

でも僕の場合、厳しかったからこそ得られたものも沢山あった。

 

合宿生活でのストレスに耐えてきたことは、いまの仕事や卒業してからの競技生活にも役立っている。

 

最近の後輩たちの合宿生活を見ていると、昔ほど理不尽なルールや上下関係の厳しさは無いようだ。

 

でも当事者の学生たちからすれば、辛く感じることもあるだろう。

 

学生時代の僕は「意味のない厳しさ」と不満に感じることも多かったが、いまは「厳しいことに意味があった」と思えている。

 

いい経験だったと後で言えるものほど、そう思えるまでに時の経過が必要なのかもしれない。

 

 

僕自身、ヨット部を辞めるか続けるかは、紙一重の違いだった。

 

でも、そこを乗り越えて残ったものは、紙一重どころの差ではない。

 

 

十年経った今でも、まるで先週も一緒に合宿していたように感じられる、同じ釜の飯を食った仲間たち。

 

途中で辞めていても、別の場所で同じような友人を持てただろうか。

 

僕にはちょっと自信がない。

 

 

 

 

そんな感傷にひたっているあいだにも、“合宿生活での失敗談”は盛り上がり続ける。

 

厳しいから真剣になる。真剣なときの失敗ほど、あとから振り返ると最高に笑えてくるのだ。

 

 

 

でも、あまりに盛り上がりすぎて、最後にやっと思い出しました。

 

「あれれ、今日の主役(新郎新婦)はどこですか?」。

 

 

 

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