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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

『国体に思う』

Nov,2006

 text by Koji Ida

 

 

の自宅から歩いて2分。先日、そんな近くにあるヨットハーバーで、「兵庫のじぎく国体」が開催された。

 

折角こんな近くで国体をやるのだから、うきうきワクワクで観戦しに行く。

 

レース期間中、海上への観覧艇だけでなく、大型液晶モニターやインターネットでの実況中継をしていたり。

 

僕が知っていた頃とは、まったく様変わりしていて驚いた。よくよく考えれば、国体会場に出向くのは高校三年の「福岡とびうめ国体」以来なので、十五年ぶりということか。

 

そりゃ、いろいろ変わっていて不思議はない。僕が高校のときには、携帯電話もパソコンも、こんなに普及なんてしていなかった。ディジタル機器の進歩により、ヨットレース観戦が進化するのは嬉しい限りである。

 

 

 

レース期間中の朝、ジョギングついでにハーバーに立ち寄ってみる。

 

高校のとき。名前は知らないけれど、遠征したらどこにでも必ず出没する“よく見るオジサン” が何人かいた。おそらく引率のヨット部顧問の先生かセーリング連盟の関係者なのだろうが、十五年ぶりの国体会場にて、その“よく見るオジサン”の数人に遭遇した。「やっぱりこの人、いまでも居るんだなぁ」と嬉しくなる。

 

各都道府県代表の選手たちをみても、「おー、久しぶりですね」と、懐かしく出くわす昔なじみの人たち。

 

選手だけでなく、同世代の連中が都道府県チームの監督をしていたり、高校生の指導をしていたり、大会役員で応援に来ていたり。

 

失礼な表現にとられるかもしれないが、なにかヨット村の運動会みたいに感じられた。

 

むかしからこのヨット村で暮らしている村人たちが、年に一度の運動会で、選手として頑張ったり、自分のチームを応援したり、お互いを称えあって宴会で盛り上がったり。

 

僕が高校生のときには“この国のチャンピオンを決めるレースの一つ”として捉えていたものが、歳をとったせいか少し違って見えた。昔よりも、ほのぼのとしたものに映って、すごく楽しかった。

 

 

 

 

僕はスナイプ級という、いまでは国体の種目からは外されたクラスで活動している。

 

そのせいだろうか。国体というものをどうしても距離をおいて見てしまう。

 

国体で盛り上がる選手たちをみて、正直に羨ましいと思う反面、「行政にぶらさがったヨットレース」と、さめた感想を抱いてしまったのも事実である。

 

この場でそう感じた理由を論じるつもりもないし、国体を否定するつもりも毛頭ない。

 

この国のスポーツ・フェスティバルとして、セーリング競技が盛んに行なわれていることを、世間に発表するための一番の舞台なのだから。

 

ぜひぜひ、これからも国体は盛り上がって欲しいと切に願う。

 

 

 

でも、国体に依存しすぎてはいけない。

たとえばセーリング・スピリッツ級。

 

この艇種は、日本のセーリング界をもっと発展させるために、若い選手の競技力向上や更なる普及を目的に、生み出されたのではなかったのか。

 

来年からは、少年少女の正式種目にもなるそうだ。でも「国体種目になって良かった」で終わってもらっては本末転倒。それに取り組んでもらう選手たちにも失礼だ。

 

国体種目になるのは、普及させるための一手段でしかない。このクラスに与えられた使命は、もっと高いところにあるはずだ。

 

こんな偉そうなことを書きながら、僕はまだSS級には乗ったことがない。でもこのワンデザインボートは、その使命を果たすのに必要な魅力をすでに持ちえていると思う。

 

折角のいいボートなのに、国体だけなんて勿体無い。国体に依存しない、クラス独自の更なる活性化を接に願うのです。国体だけで盛り上がっている競技なんて、セーリング以外のスポーツでもありえないだろう。

 

そんなことに思いを馳せながら、十五年ぶりの国体会場にて、炊き出しのオバちゃんからもらった豚汁をすする。なんだか胃に沁みる味なのだ。

 

 

 

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