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ディンギーノッてる?(KAZI連載)
『整備の時間』 Feb,2007 text by Koji Ida
「よし、こうなったら新艇を買うぞー!」
もう十年以上も前のことになる。
僕が大学を卒業して、実業団のヨット部に入った最初の年のこと。全日本スナイプ選手権での上位入賞を目標に掲げて、「そろそろ結果を出さなければ、同世代のライバルたちに取り残されてしまう・・・」と、崖っぷちの心境で挑んだシーズンだった。
でも、その全日本選手権のクオリファイを掛けた地方予選で、恥ずかしいほど惨敗した。
掲げた目標と、現実の自分の実力。
その大きな差を痛感し、涙もでないくらい悔しかったのを覚えている。
予選が終わったその日の夜は、京都の寿司屋で残念会。チームメイトたちに慰められたのが悔しさを増幅させて、それまで控えていたお酒を一気に煽り、すべてを忘れようと呑みすぎた。
もしも物分りのいい人間なら、その場で競技継続をあきらめるか、負けることを受け入れながらレース活動を続けていたのだろう。
しかしながら僕は、誰よりも頭が悪かった。
酔った勢いもあるのだが、なぜか新艇購入を決断し、冒頭のように高らかと宣言したというわけだ。
気持ちが冷めないうちに、翌日すぐにビルダーへ電話する。宣言した以上、あとには引けない。ビルダーは頭金40万円を振り込めば造ってあげるよと言ってくれた。
僕は人生最初のボーナスも使っておらず、預金残高は40万円。すぐに全額を振り込んで、新艇をオーダーしてしまう。
フネはその年の12月に納艇されたのだが、ちょうどホームハーバーの艇庫が建替え工事中だったので、会社の工場内の空きスペースを借りて、そこに春まで置かせてもらった。
それから毎週土日は、工場の中で朝から晩まで新艇整備。
レースのこと。 仕事のこと。 将来のこと。
誰も居ない静かな空間で、いろんなことを考えながら、とても長い時間をそのフネと向かい合って過ごした。
いまから思えばその新艇が、僕が本音をすべて打ち明けた人生はじめての相手だった。
大切なレースの出艇前、僕はバウを撫でながらフネに話しかけることにしている。
周囲からは、うつ病患者のように気味悪がられていると思うが、呪文を唱えているわけではない。
誰よりも速く帆走ってちょーだいね、とお願いしているだけ。
整備に長い時間を掛けた分だけ、練習で一緒に長い距離を帆走ってきた分だけ、フネと会話が通じると信じていた。
だから、多くの時間を一緒に過ごしたそのフネは、それから沢山の願い事を叶えてくれた。
短い時間しか共に過ごしていないボートは、やはり会話も通じない。なぜ速く帆走ってくれないのだろうかと、あとでよく見てみると、スプレッダーが短すぎたり、シュラウドテンションが緩すぎたり。
フネが僕のお願いを聞いてくれないのではなくて、フネの言葉に僕が気付けなかったのだ。僕は鈍感だから、人間もヨットも、長い時間を掛けないと分かり合えない。
皆さんにも、寒い冬の季節はしっかりと整備の時間を設けて欲しい。何も不具合がないと思っていても、ずっと眺めていたら、結構直すところが見つかるものだ。
チューニングを変えてマストベンドなどを観察しているうちに、新しい発見に出会えることもある。海に出なくても、ヨットに触れることで学べるものは沢山ある。陸の上でないと気付かないことも沢山ある。そんなことを、あの工場の中で過ごした時間が教えてくれた。
そしてあのとき、もうひとつ学んだことがある。
新艇を受け取ったときに気が付いたのだが、頭金を振り込んだあと、僕の預金口座はゼロのまま。ありゃりゃ、残金が払えません。
酔った勢いで大きな買い物をしてはいけないのですね。
皆さんも、ヨットの購入は計画的に。 ■
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