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ディンギーノッてる?(KAZI連載)
『スランプ大歓迎』 Aug,2007 text by Koji Ida
「ああ、スランプに突入してしまった・・・」
今回、原稿の締切日が過ぎてもテーマが決まらない。
ちょっと前までは、あれも書きたい、これも書きたい、といろいろアイデアが浮かんできたのだが、今回はどういう訳か何も思いつかない。サザエさんのイササカ先生は、いつもこんな気持ちなのだろうか。きっと僕はスランプに突入したに違いない。早くこのピンチを脱出しなくては、連載が前回号で終わったことになってしまう。
という訳で、追いつめられて思いついたテーマは「スランプ」。
僕たちの取り組むディンギーレーシングという競技種目は、選手の持つ感覚の差によって優劣が決まる場合が多い。勝つために必要なセオリーは、技術書を読めば書いてあるし、コーチや先輩も教えてくれるだろう。しかしながら、フネに技術書を持ち込んで、読みながらレースを展開する訳ではないし、レース中にコーチたちがずっと横で指示を出してくれる訳でもない。
練習でそれを反復することにより感覚として身体にすり込み、レース本番で実践するのである。要は、練習で如何に感覚を磨くことができるか、身につけた感覚を如何に本番で発揮できるか。これが勝敗を決める大きなポイントになってくる。
その身につけたはずの感覚が、何らかの原因で何処か行ってしまったように錯覚する現象。それがスランプではないだろうか。
僕の場合、いままで何度も「またスランプやわ」と感じたことがある。そんなとき、僕は取りあえずジタバタしてみた。果てしなきタック練習や、往復90kmの自転車トレーニング。それでも駄目なら反対にゆっくり休んで、「未来少年コナン」を全話ぶっ通しでビデオ鑑賞(全7巻)、などなど。
12年前、惨敗した遠征帰りのサービスエリアで「スランプの克服」というタイトルのCDを目にして、即座に購入してしまった。α波効果でリラックスできるクラシック集なのだが、実はこれが効果絶大(と僕は錯覚している)で、いまでもたまに聴いている。
そんなこんなで僕はスランプを克服するのだが、あとから思えば、それらはスランプと呼べるようなものではなく、もともとからの修行不足の実力不足。一度身につけたと思い込んだ感覚が、実は全然自分のものになっていなかっただけなのだ。
辞書で“スランプ”を引くと「気力や体調が一時的に衰え気味で、仕事の能率や成績が落ちる状態。また、その時期。」となっている。
辞書の解釈を借りれば、もしもあなたがスランプに陥っていると感じているとしても、それは“一時的”なものなのだ。時期の長短はあるだろうが、もとの状態に戻すことができれば、それは「スランプ」で済む。“成績が落ちる状態”に耐え切れず、そこで志を捨ててしまえば、それはスランプではなく、単なる「挫折」となるだろう。
挫折してしまうくらいなら、負けレースを繰り返して、苦しんでいるほうがまだマシだ。
中途半端に身についたと思い込んでいた感覚を、しっかりと自分に取り込むための作業。それがスランプの克服ではないだろうか。だから僕はスランプ大歓迎。乗り越えた先には、さらに強くなった自分が待っている。
という訳で、今回の原稿を乗り越えた僕は、セーリング・エッセイスト(自称)として、さらに強くなれたのだろうか。次回のテーマは思いつかない。スランプはまだまだ続く。 ■
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