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ディンギーノッてる?(KAZI連載)
『読書の秋』 Nov, 2007 text by Koji Ida
「僕が持って帰りまーす」
社会人になった一年目。所属する会社ヨット部の艇庫がハーバーごと改修されることになり、その工事期間中は、フネも備品も艇庫に置いてあるものはすべて、会社工場の空きスペースへ移動しなければならなくなった。
そこで問題になったのは、KAZIやヨッティングなど、艇庫に保管していた約20年分のセーリング雑誌のバックナンバー。その専門誌の山を、僕は独身寮の自分の部屋で預かりたいと仲間に申し出たのだ。
目的は「勉強」である。
当時、なんの結果も実績もなく、わらをも掴む心境だった僕は、勝つために何でもやってやろうじゃないか、と強く決意していた。
それから独身寮を出るまでの5年間、6畳一間のマイルームで、その1/4のスペースを占めるセーリング雑誌との同居生活が始まった。
京都の独身寮から大阪梅田の職場まで、毎日通勤電車で片道一時間。「この時間を競技力向上のために使えれば・・・」と考えて、それまで習慣となっていたマンガ雑誌の講読をキッパリやめた。仕事カバンの中にはセーリング雑誌がつねに三冊。それを電車の中で読みふけって、なにか参考になることが書いてあると付箋でマークをつける。
僕が専門とするスナイプ級のことから、レーザー級の世界チャンピオンのインタビュー記事、アメリカズ・カップでの当時最先端のセーリング理論などなど、思った以上に参考になる技術論や印象に残るフレーズが載っている。
「微風のときは、その変化を敏感に感じられるように首筋を濡らしておくんだ」というトップセーラーのコメントを読んだときは、そんなことまでするの!?と目から鱗が落ちる思いだった。
そうやって付箋をつけたページを、同僚たちがみんな帰宅したあとに職場でコソコソとコピーする。寮に帰るとチェックし終わった雑誌と未読のものを入れ替えて、翌日また同じ作業を繰り返す。そして集めたコピーをファイリングして、もう一度読み直して、覚えこんでしまう。そうやって知識を溜め込んでおくと、週末の海上練習で試してみたいヒントがドンドン出てくるのだ。
こんなことを繰り返しているうちに、平日に読んで、考えて、週末に試す、という習慣ができた。せっかく良いルーチンワークが身についたので、セーリング雑誌をひととおり読み終えたあとも、競技のためになる書物をあちこち捜し歩いた。気象学や流体力学の専門書も手にとってみたが、僕には難しすぎてチンプンカンプン。ウィンドサーフィンの技術書はヨットと共通点が多く、また反対に違った見方もあって興味深かった。メンタルトレーニングの本は理想論ばっかりであくびが出たが、そういった理想を持つのも必要なのかなぁ、と考えさせられた。スナイプの世界選手権で出会うブラジルの友人は「ムサーシ・ミヤモートの“ファイブ・リング・ブック(五輪書)”を読んでみろ」とアドバイスしてくれた。いまでも毎号購読している「Number」は、様々なトップアスリートの考え方、競技の取り組み方が学べて、とても参考になっている。
そういったわけで、本といえばマンガしか読めなかった僕は、セーリング競技のおかげで、活字だけの書物も読めるようになった。あの独身寮での、バックナンバーたちとの共同生活がすべての始まりだった。
その雑誌の山は寮を出るときにすべて艇庫に戻してしまったが、それからまた歳月が経ち、結婚もして、子供もできて、引越しもした。いま住む家でも、そろそろまたセーリング誌のバックナンバーが溜まってきて、本棚からあふれ出している。
毎月のはじめに最新号が届くと「この雑誌たち、いったい何処に置くのよ?」と奥さんからお小言を頂戴する。そのたびに、無我夢中で活字の中に答えを探した、あの青春の頃を思い出すのだ。 ■
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