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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

 

『 遠征 』

 October, 2008

 text by Koji Ida

 

 

「それでは、シュッパツ(出発)ゥゥゥー!」

 

トラックにフネを積んで、お気に入りの曲をかけながら、目指す海へ向かってロング・ドライブ。

 

セーリング競技に携わる人間にとって、切っても切れない行事が“遠征”だ。自分が練習するホームウォーターで、すべてのレースが行なわれる訳ではない。欲しいタイトルや参加したいイベントがあれば、それが開催されるゲレンデへ移動しなければいけない。

 

レースだけが目的ではなく、練習合宿のために遠征する場合もあるだろう。フネの積み下ろしや宿の確保など、準備が大変で面倒くさいのだが、僕はこの“遠征”が楽しみでセーリングを続けているような気がする。

 

高校でヨットを始めてから、かならず毎年どこかへ遠征している。高校2年のときは、インターハイの予選が岡山で、本戦が高松。国体はなんと北海道。高校3年ではインターハイの予選が山口で、本戦が仙台。そして国体が博多。春休みは山口に遠征して強化合宿。全日本FJ選手権で稲毛(千葉)にも遠征させてもらった。

 

引率の先生やコーチがいろいろ面倒をみてくれたし、わずらわしい準備も楽しみの一つとなって、ある意味ヨット部員での修学旅行みたい。物心ついてから家族旅行をしたことがなかったし、中学までの水泳部時代は他県に遠征するなんてことはありえなかった。

 

県大会以上のカテゴリーに出場できる実力がなかったのが理由だが、セーリングだって始めたばかりの素人だ。当時の僕に「県を代表して遠征する実力者」という肩書きは早すぎる。

 

でも、それは競技人口の少ないマイナー種目の特典なのだ。競争の少ない分だけ、未熟なうちから全国レベルを体験できる。

 

僕の場合、ヨットレースに出場したいから遠征するのではなく、遠征したいからメンバーに選ばれるため頑張る、といった感じ。遠征に行くことが辛い練習に耐える一番の目的だった。遠征に帯同できれば補欠だって構わない。いやっ、むしろ補欠のほうがレースのプレッシャーがなくて嬉しかったかも。

 

舞鶴からフェリーで行った北海道遠征や、車で片道二十時間も掛かった仙台遠征などは、いまでも忘れられない大切な想い出だ。

 

他の運動部なら、そんな遠いところへ遠征するなら新幹線か飛行機だろう。それでは旅があっというまに終わってしまって、想い出に残らなかったかもしれない。

 

僕の遠征はフネを積んでゆっくり移動したから、記憶にしっかりと焼きついている。大学に入ってから現在までも、江ノ島、淡輪、羽咋、新湊、観音、和歌浦、蒲郡、宇土、牛窓、的形、長崎、御前崎、夜須、津、洲本などなど、遠征した場所がすぐに思い出せないくらいに増えてきた。

 

しかしながら、それらの遠征はただ楽しいだけではなかった。自然環境の中で行なわれるスポーツなので、場所の変化は結果に大きく影響する。だから、事前に海図や潮汐表などを入手して頭のなかでシミュレーションし、未知のゲレンデの攻略法を考える。その日のレースが終わっても、翌日に向けてフネの整備、ウェアの潮出し、ミーティング、ストレッチ、早めの就寝。

 

そこまでやって、レースが望んだ結果と違えば、疲れと愚痴しか出てこない。普通の観光旅行なら、時間とお金の許す限り、楽しい順番に行動すればいい。しかしながらセーリング競技の遠征は、楽しくなくてもやるべきことをやらなければならない。

 

でも、そんな遠征のほうが、楽しむだけの旅行よりも記憶に残るものなのだ。

 

今シーズンも、日本全国で多くのセーラーが遠征している。僕もこれからプレ国体で初めての新潟に遠征する。その帰りには名古屋港でフネをコンテナに積み込んで、十一月にプンタデルエステ(ウルグアイ)へ遠征する予定です。

 

だから今はその準備でテンテコ舞い。でも苦労した分だけ、いい想い出が増えることを知っている。もしも貴方がしばらく遠征していないのなら、どこか行き先を決めて、準備を始めてみませんか。まだ知らない海が待っていますよ。

 

 

 

 

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