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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

 

『 予選 』

 September, 2009

 text by Koji Ida

 

 

っ白な横断幕に、大きく誇らしげに書かれていた。

 

「オレ達は速い」

 

レース会場に集まった若い卒業生たちが、その文字の周りに後輩たちへの想いを書き寄せていた。

 

そんな青春たっぷりの光景が、部外者のオジサンの心まで、揺さぶってくれる。

 

 

 

8月に開催された近畿北陸学生ヨット選手権の団体戦。この大会は、水域のチャンピオンを決めるというよりは、上位3チームに与えられる全日本インカレ団体戦へのクオリファイを掛けた、予選レースの意味合いが非常に強い。

 

日曜日。自分の練習のために琵琶湖へ足を運んだら、偶然その大会の最終日だった。

 

朝ハーバーに到着すると、20人くらいが冒頭の横断幕を取り囲んで、談笑しながら盛り上がっている。話しかけてみると、前日までの途中結果で、国立の金沢大学がスナイプと470の両クラスで予選突破をほぼ手中に収めているらしく、応援に駆けつけた卒業生がレース終了を待ちながら、後輩たちを出迎えようと横断幕を作っていたのだ。

 

彼らは、「(金沢大が)両クラス予選突破するのは、多分はじめてなんです!」と、興奮した表情で、嬉しそうに話してくれた。確かにこの水域では、同志社、立命館、京都産業大と、全国制覇の経験もある私立の強豪がひしめいている。スポーツ推薦制度がない国公立大学にとって、ここで予選を勝ち抜くのは至難の業だ。最終的に、大会は立命館が両クラスで完全優勝し、金沢大学はスナイプ級が2位、470級が3位という結果だった。しかしながら僕には、立命館を差し置いて、彼らが大会の主役にみえた。そう映った理由は、今まで彼らが流してきた涙があり、今年は彼らに代わって泣く者がいるからだろう。

 

 

セーリング競技に限らず、“予選”というのは競技者の精神状態に大きく影響を与える。それを通過できるのか、それともできないか。

 

自らの希望と不安、OB会や周囲からの声援に応えようとする責任感。それらを背負ってレースに挑む選手たちの真剣な表情から、観ている側にも緊張が伝わってくる。そういった意味では、大学生のレースを観るなら、インカレ本戦よりも水域予選の方が興味深い。

 

僕が思うに、嬉しさと悲しさのギャップが激しいほど、競技スポーツは盛り上がる。そのギャップを如何に多く、如何に大きくできるか。残酷だが、負けた者の悲しみが深くなるほど勝者のステイタスは上がり、そのイベントの価値を高めている。

 

競技スポーツにとって、敗者の存在は必要な犠牲なのだ。

 

正月の箱根駅伝がいい例である。優勝争いも面白いが、翌年のシード権争いがあるからこそ、他の徒競走とは段違いの人気を維持している。五輪のセーリング競技だって観る側からすれば、どっちかっていうと本番よりも代表争いのほうが話題になる。競技スポーツは、明らかに敗北者という犠牲を求めているし、その犠牲のうえに競技スポーツは成り立っている。

 

ならば、全日本インカレをもっと盛り上げようと思えば、箱根駅伝に習って翌年のシード権を懸けたらいい。例えば、最近の全日本インカレ入賞常連水域として関東3、近畿北陸1、関西1、九州1を翌年シードのために出場枠を削減し、全日本インカレでの各クラス上位6校は翌年の予選免除とする、とすればどうだろう。優勝争いだけでなく、シード権争いにも歓喜と悲哀のギャップが生まれるはずだ。選手たちの笑顔と涙のコントラストが、確実に全日本インカレの魅力を高めてくれる。

 

またまた勝手な提案で申し訳ないが、ぜひとも採用を検討して欲しい。シード権を獲得した後輩たちを横断幕で出迎える。この夏、ある予選で出会った青春たっぷりの光景が、全日本インカレでも観られるかもしれない。

 

 

 

 

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