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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

 

『 セーリング競技とヨットレース 』( 前編 )

 May, 2010

 text by Koji Ida

 

 

し前のことですけど、バンクーバーでの冬季五輪。

 

液晶テレビ越しではありますが、オリンピックという競技スポーツの祭典は、とても僕を感動させてくれました。

 

フィギアやスピードスケート、モーグルやカーリング。

 

僕自身、実際にやったことのない競技種目が殆どなのに、極限状態での選手たちの表情は、観る側をぐんぐんその世界へ引き込んでいきます。

 

競技スポーツって、なんて素晴らしいのでしょう。

ああ、五輪直前にテレビを買い換えて本当にヨカッタヨカッタ。

 

でもそんな、カナダでの総合競技会に世界中が注目しているときに、あのアメリカズ・カップもやっていたんですね。ぜんぜん気が付きませんでした。(本当は毎月KAZI読んでるから知ってましたけど)。

 

かつては我らがヨット界で数少ない、一般の人たちにも知名度が高いイベントとして存在感のあったこの大会。ニッポン・チャレンジが挑戦を続けているときは、「僕もいつかは――」なんて、憧れもしましたっけ。

 

世界最古の競技スポーツの優勝トロフィーを賭けて、国の威信を背負って戦う。海のF1とも呼ばれていましたね。新聞やテレビでも大きく取り扱われていました。

 

あのときのアメリカズ・カップは、本当にカッコ良かったなあ。そんな当時の興奮を思い出しながら、後になって今回のアメリカズ・カップのレース風景をネット動画で観てみたのです。

 

しかしながら、最初は「わあ、すげえ!」で始まった僕の感想は、すぐに「ふ〜ん」に変化していきます。結局、レースの最後まで観ずにパソコンをシャットダウン。僕のアメリカズ・カップ観戦は、約60秒で終了しました。

 

前述の冬季五輪と比べてしまい、残念で仕方がない。すべてのヨット関係者が僕と同じではないと思いますが、皆さんはどう感じましたか。

 

 

「今回のアメリカズ・カップこそ究極のヨットレースだ」、という人もおられます。

 

確かに、ルール規制と金銭的上限を取っ払い、トコトン速いボートを準備して競い合う。ヨットという道具を使ったレースを徹底的に突き詰めると、あんな具合になるのでしょう。シンプルなテクノロジーの勝負です。そのテクノロジーを生み出すのも人間ですから、そこに多くのドラマがあり、見所もあったと思います。

 

しかしながら、競技スポーツとしての五輪中継と比較して観ると、やはり全く別のもの。今回のレースは、スポーツ中継というよりは「世界の驚愕びっくり映像」なんてタイトルの特番で扱われそう。もうすぐフジテレビ系“ベストハウス123”に「驚きの大金持ちの痴話げんかベスト3」として登場するんじゃないですか。(アメリカズ・カップのファンの皆様、ごめんなさいね)

 

たしかに、乗り物としてのヨット、輸送手段としてのヨットは、常に進化していくことが望ましいと思います。より速く、より効率的に、より乗りやすく。設計者や製作者のためにも、彼らが手腕を発揮できるヨットレースが必要です。ただ、テクノロジーが勝敗を分ける比重が大きくなればなるほど、それはセーラー同士が競い合う「セーリング競技」から遠く離れたものになってしまいます。

 

この競技としてのセーリングと、テクノロジーを促進させるヨットレース。そのバランスの取り方が、今後のセーリング界にとって非常に重要なことだと思えるのです。(長くなったので、次号へ続きます)

 

 

 

 

 

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