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ディンギーノッてる?(KAZI連載)

 

・五輪改革案』(前編)

 March, 2011

 text by Koji Ida

 

 

 ISAF総会でのリオ五輪の採用艇種や、ロンドン五輪へのナショナルチーム選考など、最近、オリンピック関係のニュースをよく見かけるようになりました。時の経つのは早いもの。北京五輪が終わったのは、ついこの前だと思っていたのですが、もう次ぎの祭典が来年に迫っているんですね。

 

四年前、この連載で「五輪改革論(前編&後編)」なるものを書かせていただきました。僕にとって、オリンピックなんかテレビで観るだけの縁遠い出来事なのに、よくもこんな勝手なことがヘラヘラと書けたものだと、そのときの記事を読み返しながら感心しちゃいました。折角ですから、この感心ついでに「新・五輪改革案」をヘラヘラと述べたいと思います。

 

 

五輪採用競技を区別するとき、乗り物系とそうでない種目に分けることができます。乗り物系はセーリングの他に、夏季は自転車、馬術、ボート、カヌー、冬季はボブスレー、スケルトン、リュージュ、などがあります。冬のソリ系種目は道具の価格がどれだけするのかイメージが湧きませんが、夏季競技の中では、馬術とヨットがダントツで高価な印象を受けます。他の種目より、とっても貴族っぽいしね。インターネットで調べてみると、自転車やボートもそれなりの値段がするようですが、一般大衆から見ると、馬術&ヨットほどセレブな印象はありません。

 

考えが古いと指摘されるかもしれませんが、「あしたのジョー」や「巨人の星」のように、貧困などの逆境から這い上がって行くところに美徳を感じるのが、我が国のスポーツ文化。いまだに伊達直人を名乗る人がたくさん出現するのですから、この意識の根強さはスゴイものです。

 

これは日本に限らず、諸外国でも大きな違いはないはず。映画「ロッキー」の例もあり、スポ根は世界共通。馬術&ヨットなど、経済的な背景を持つ人間にしか出来ない、という先入観を抱かせる競技には、大衆の人気は集まらない。少なくとも、庶民の僕はそう思う。これを払拭するためには、この競技の選手たちが相当頑張っている姿を見せなければならない。カヌーや自転車みたいに、汗をかかなきゃ駄目なのだ。

 

ISAFは五輪セーリングの注目度を上げるため、49erなどの派手なフネを採用することで改善しようとしているが、それで本当に目的を達成しているのだろうか。いくら速くて格好よくても、自分で乗りこなせないかもしれないほど操船の難しいヨットを、個人で大金をはたいて購入する人はいないでしょう。日本での競技人口を見れば、オリンピックのためだけの艇種、と言っても過言ではないし、これから普及していく気配もない。JSAF10艇くらい準備して、全国から候補選手を招集し、強化しながら代表選手を決めていく。本来なら、それくらいのことをしなきゃいけないのだが、フネが高価だから出来ない。

 

伝統のあるスター級や、日本で競技人口の多い470級にしても、道具の費用がとっても掛かると聞いている。五輪に準ずる複合競技イベントであるアジア大会では、女子470級の出場がたったの3チームなのですね。巷のカフェで「わたしが日本代表でも、悪くても銅メダルだね」という会話が聞こえてきそうです。リオ五輪では470級が女子種目から外れて、男女混合になりそうだという噂を聞くが、それでフネが安くなったり、参加国数が増えたりするのだろうか。

 

そう考えてみると、“道具が高価”ということが五輪セーリングにおいて、いろいろな面で、そして一番の大きな障害になっているように思えるのです。(4年前と同じく、長くなったので次号に続きます)

 

 

 

 

 

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