|
BACK NUMBER esseys of sailing and life. |
|
|
ディンギーノッてる?(KAZI連載)
『 ヨット部伝説』 August, 2011 text by Koji Ida
「昭和××年卒業の△△先輩は、サイドマークでのルームの取り合いで喧嘩になったとき、間の2艇を飛び移って、相手艇に乗り込んだらしいよ」
僕が大学ヨット部員だった頃、クラブ内にはそんな伝説がいたるところに転がっていた。多分どこのヨット部も同じだろう。
代々語り継がれる、怖い先輩たちの武勇伝。
いまでは海上審判を取り入れる大会が増えたから、そんなことは稀だろうが、20世紀末までのヨットレースはすべてが治外法権。航路権とは、それを主張した者が得るものであり、たじろいだ者は失う。まるで映画マッドマックスの世界だったのだ。(言い過ぎか)
ただ、この手の伝説は、語り継がれるたびに内容が膨れ上がり、事実とは異なって伝わる傾向がある。 「○○先輩は、ハイクアウトしながら風上艇のブームを蹴り飛ばしたらしいよ」 「違う違う!その話は風上艇じゃなくて、本当は風下艇だよ!」。
どっちでも無理である。 冷静に考えれば分かるのだが、当時はみんな信じていた。 ありえない話だからこそ、伝説となるのだろう。
まあ体育会のヨット部は、腐っても体育会。 クラブ内での厳しい上下関係やライバル校とのイザコザは、あるのが当たり前で、それがなくては手芸サークルと大差ない。海の上で真剣勝負をするのだから、当然のように熱くなる。その感情のぶつかり合いが、伝説誕生の由来なのだ。
僕が大学2年のときの、とあるレース。 上マークを回航したら、たまたま僕のひとつ前方にはライバル校のエース艇、僕のひとつ後方には自軍のキャプテン艇。 「おい!あいつにラフィング仕掛けて来い!」 キャプテンの目線が僕に厳しく指図する。 それに従い、僕がラフィングしていくと、 「おまえ!オレが誰か分かってやってんのか!」 とライバル校エースに睨まれる。 はい、よく分かっています。顔が怖いので、ペコリとお辞儀して、退散ベアリング。 そうすると自軍キャプテンが 「なんで帰ってくんねん!アホか!早よもう一回行かんかい!」 うちのキャプテンも怖いんです。だから再びラフィング。 「おまえ!本当に分かってんのか!」 またペコリとお辞儀してベアリング。
そうやって、怖い先輩たちの間を行ったり来たり。 僕はラフ&ベアがとっても上手になりました。
その年の全日本インカレ個人戦。何レース目かの上マークを30位くらいで回航したら、目の前にまた自軍キャプテン。
まずいぞ、キャプテンは順位が悪いからとてもご機嫌ナナメだ、ブランケットに入れて邪魔したらかなり怒られるぞ、と咄嗟に判断した僕は、風もなにも見ずにキャプテン艇から離れるために即ジャイブ。そしたら僕のフネだけ強烈なブローに乗って、一気に3位までジャンプアップ。 人間関係の複雑なヨット界では、風が読めるよりも、空気を読めるほうがいいみたい。
そんな気弱な僕も4年生ではキャプテンにしていただき、少しは威張れるようになりました。ヨット部の場合、喧嘩は弱くても、ヨットさえ上手ければ偉そうにできるのです(昔は)。
僕も海の上で後輩やライバル校を怒鳴っちゃったり。今から思えば恥ずかしい限りですが、当時は舐められたら負けの世界ですから、威嚇は正当な行為なのです。ライバル校に活きのいい新入生が入ってきたので、「出る釘は打たなきゃ!打って打って打ちまくれぇ!」ということで、レース中に教育的指導をしたり、そのライバル校のキャプテンを呼びつけて「おまえんとこの一年坊、どうなってんねん!」とイチャモン付けたり。まあ、その甲斐あってか、そのときの新入生はフテブテしく成長し、どこかの五輪で銅メダル獲ってましたね。あれは全部僕のおかげだな。
あの頃から時代は変わったので、いまのヨット部の学生さんはお行儀よくしてください。あくまでも、伝説は伝説ですから。良い子はマネをしてはいけません。 ■
|
|
|
esseys of sailing and life. BACK NUMBER |
|