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アラフォー帆走生活(KAZI連載)

 

マードリーム 

 July, 2013

 text by Koji Ida

 

 

いい風が吹いている。

 

晴れた土曜日の朝。カーテンからこぼれる朝陽のまぶしさに目覚めると、ベランダ越しに映える並木の緑葉が、風になびいて心地よく枝を揺らしている。

 

ネットで天気予報を確かめると、この週末はいいシーブリーズが期待できそうだ。よし、ちょっと遠出をしてみよう。僕はクルマのハッチバックを開いて、キャンプ用のテントとシュラフを積み込んだ。

 

家を飛び出し、ハーバーで愛艇のシングルハンド・ディンギーをカートップ。阪神高速の湾岸線に飛び乗って、南へ。1時間ほど走ると、目的の海岸が見えてきた。実は以前から、こんなところで乗りたいなって、目をつけていたゲレンデだ。

 

砂浜に面した駐車場にクルマを停めて、ボートを荷解き。おそらく、ここも夏休みは海水浴客で賑わっているのだろう。ボートをクルマから降ろすとき、地元のサーファーらしき若者が快く手伝ってくれた。こんな出会いも楽しい。僕はマストを立てて、サーフショーツとラッシュガードに着替える。デッキの上に腰掛けて、途中のコンビニで買っておいたサンドイッチをつまみ、遅めのランチ。ザザザー。砂浜に打ち寄せる波の音が、粗末な昼食もステキに演出してくれる。

 

ペットボトルの水を飲み干したあと、僕は波の引き際にあわせてボートのスターンをつかみ、勢いよく押し出しながらテイクオフ。すばやくセンターボードを差込み、メインシートをきゅっと引いて、波に押し戻される前に沖へ出る。まずは第一関門クリア。それにしても、プレーニングには持ってこいの風だ。遠浅の地形が生み出す周期の長いうねりに、パンピングとハイクアウトであわせていく。ズバババァァァーン。誰にも邪魔されず、時間の制限もない。波の上をすべるたびに、僕の日頃のストレスが一つずつ消散していく。

 

たっぷりと風と波に戯れたあと、ボートを砂浜につけ、マストを倒す。もうすぐ陽が暮れるだろう。駐車場にあった水道の蛇口でシャワーを済ませ、濡れた身体が乾く間もなく砂浜にテントを設営し、寝床をつくる。この夏、家族でキャンプをしようと思ってテントを購入したおかげで、こんな思い付きの遠征も可能になった。今夜のディナーは、アウトドア用のガスバーナーでお湯を沸かして、インスタントのカップ麺。そして鯖の缶詰と缶ビール。砂浜に流れ着いた流木で焚き火をおこし、風にゆらめく炎を眺めながら、このゴージャスな夕食を楽しむ。

 

海の向こうへ落ちていった夕陽の余韻が、まだ西の空の雲に赤く残っている。明日もたっぷりとセーリングを楽しもう。そうだ。月曜日も仕事を休んで、もう一泊ここで過ごそうか。せっかくテントを買ったのだから、使わなければ意味がない。ぶら下げた小型ラジオのFM放送からビーチボーイズが流れてきた。それへあわせるように、波の響きと、風の声。耳に入ってくる音すべてが心地いい。そうなんだ。僕はこんな週末を過ごしたかったんだ、こんな週末を。

 

 

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 

 

無機質な目覚まし時計の電子音が、僕を現実の朝に引き戻す。外は憂鬱な梅雨の雨。そうか、僕は昨夜ベッドでキャンプの入門書を読みながら寝てしまったみたい。この夏、そろそろ娘たちも大きくなってきたので、キャンプ用品を買い揃えて、キャンプ場にでも行ってみようかと考えていた。そしてその入門書を読んでいるうちに、どんどん僕の妄想が膨らんで、前述のような夢となったわけである。

 

というわけで、家族にこのキャンプ計画を提案してみる。

「テントなんか買って、うちのどこに置き場所があるのよ」と奥さん。「虫が怖いから、キャンプなんて絶対に嫌だもーん」と娘たち。

 

多数決でテント購入は却下。

人生は思い通りにいかないもの。

そんなこと、四十歳にもなれば分かっているさ。

分かっているけれど。

 

夏の夢は儚い。

 

 

 

 

 

 

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