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アラフォー帆走生活(KAZI連載)

 

『 リオの余韻と東京五輪 

 October,2016

 text by Koji Ida

 

 

 

ラジルで開催された南米大陸初のオリンピック。

日本選手たちの活躍により、お茶の間は大いに盛り上がりましたね。大会期間中、奥さんの実家(栃木県)に帰省していた僕は、海から離れてヨットにも乗れないので、ずっとTVの前で観戦です。残念ながらセーリング競技でのメダル獲得はならず、TV中継やダイジェスト放送には出会えませんでしたが、毎朝ネットニュースで日の丸セーラーズたちの成績をチェックして、まるで自分のレースのように緊張しておりました。選手の皆さん、本当にお疲れさま。リオまでの道程で得た経験を周囲に伝えて、次回東京での飛躍へ繋げていただきたい。

 

というわけで、盆休みを海なし県でのんびり過ごした僕は意見を述べる立場にないのですが、大会の余韻にひたりながら、感じたことをつらつらと書かせてもらいます。

 

まず、日本中が沸き上がった連日のメダルラッシュ。体操やバトミントンなど、終了間際での逆転劇が多く、それゆえに観る者を興奮させました。この「逆転」というのが、スポーツ観戦の大きな魅力なのですね。

 

セーリング競技の場合、現状のメダルレース方式では予選の時点でメダルが確定してしまうケースもあり、なかなか逆転シーンが生まれにくい。そこで提案ですが、予選までの得点差はリセットして、決勝を2レースにしてはいかがか。そうすれば、すべての種目で緊張感あふれる決勝レースとなるはずです。たった2レースでは真の勝者は決められないよ、という意見もあるでしょうが、それは世界選手権などの他大会で決めればいいじゃないですか。セーリング以外にも、一発勝負の競技はいくらでもあるのですから。

 

近年のISAFは、目新しい艇種への入れ換えだけで五輪の活性化を図っているように見えます。ですが、オリンピックはスポーツの祭典であって、テクノロジーの発表会ではありません。次大会ではフォイルボートの採用も検討されているようですが、派手なヨットで見た目を繕うよりも、普及しやすいレーザー級やウィンドサーフィン級の出場国枠数を拡げたり、マッチレースやチームレースなど、異なる競技形式を試みるほうが大切のように感じます。

 

ただ、これはあくまでも僕個人の意見。そういった議論をもっと皆でしなければ。いまの状況を変えるためにアイデアを出し合わないと、セーリングはいつ五輪から追い出されても不思議ではありません。まあ、競技の発展をオリンピックだけに依存するのも、こころざしが貧弱ですけどね。

 

 

 

それにしても、日本のメディアは残酷です。テレビや新聞がこぞってメダリストたちをもてはやし、4位以下には見向きもしない。卓球の福原愛選手が団体で銅メダルを獲った直後の「メダルがあるとないでは大違いですから」という言葉が、それを反映しています。

 

でもね、史上最多のメダル数だった今回の日本選手団ですが、日本が出場した27競技のうち、17競技がメダルを獲れていないのですよ。メダルの有無だけで評価されるなら、3分の2は負け組みです。でもそれは違う、五輪はメダルだけじゃないぞ、と僕は反論したい。

 

しかし、いまそれを主張しても負け犬の遠吠え。ワォーン。だから4年後の日の丸セーラーズたちには、ぜひともメダルを獲ったときの「大違い」を経験して欲しい。それに便乗して、僕も我が事のように大喜びしてやるのだ。

 

2020年の盆休み。

きっと今年と同じ栃木県のテレビのまえで。

宇都宮餃子をほお張りながら。■

 

 

 

 

 

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