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[column]  鷸が跳ぶ

 

018 地球の裏からブエノス・ディアース

その弐「Do it Sailors selves !

 

text by Koji Ida

 

西半球&東洋選手権は、南北のアメリカ大陸に属す国と、アジア諸国(現状では日本だけ)のスナイプ・チャンピオンを決める大会で、2年に一度、遇数年に開催されています。同じ年にはヨーロッパ選手権も行なわれ、奇数年に開催される世界選手権と並び、この3大会がスナイプクラスで最もステイタスの高いイベントとなっています。

 

2004年のブラジル大会までは、各国5チームの出場枠で7〜8カ国しか参加していませんでしたので、20〜30艇の小規模なフリートでレースが行なわれていました。これはこれで、選手がハイレベルに濃縮されて面白かったのですが、エントリー費での資金収入が少なかったり、また大会として派手さがないのでスポンサー集めにも苦慮するなど、イベントを成立させて大会を継続するためには、出場チームの拡大が必要となりました。

 

そんな背景により、前回2006年のマイアミ大会から、各国5チーム+女子1チーム+ジュニア1チームに出場枠が拡大され、さらに全体で50艇に満たない場合には、参加意志のある国に出場枠が割り振られる、というフォーマットに変更されました。単に国毎の出場枠を増やしたのではなく、女子およびジュニア選手を加えたことにより、選手の顔ぶれの幅が広がり、とても魅力的なイベントに生まれ変わっています。

 

今回のホスト役を務めたのは、プンタ・デル・エステ・ヨットクラブ。メインスポンサーは地元の大手銀行で、その他にはレース後の軽食(ハンバーガー・ジュース・ビールが食べ放題&飲み放題)を提供しれくれた肉屋さん、コカコーラ、地元ビールメーカー。あと、パーティー会場を提供してくれたハーバー前にあるパブや日焼け止めクリームのメーカーなどが、大会の為に協賛してくれました。ヨットクラブ内でのレストランでは「スナイプセーラーズ・メニュー」なるものが準備されており、選手たちが比較的安い料金で食事ができるようにしてくれました。

 

これらの大会準備を中心となって仕切っていたのは、今大会にクルーで出場し、9位という好成績をあげたマーティン。とってもナイスガイです。計測やチャーター艇の準備などもクラブに所属するジュニアの選手たちが中心になって、とっても頑張っていました。レースコミッティーも全部で10人くらい。本部船1艇、マークボート1艇、ラバーボート1艇の全部で3艇くらい(観覧船は除く)で、マーク変更もしっかりこなしていました。やれば出来るんですね。

 

また、ヨットクラブのクラブハウス内には、レストランやバーもあり、そこでレセプションや表彰パーティーが行なわれました。日本にはそのような施設をもったヨットクラブも少ないですし、社交スペースまで考慮されたヨットハーバーもナカナカありません。すべて海外のスタイルを真似することもないと思いますが、そのような施設があれば、いろいろなイベントを誘致しやすいだろうなぁと考えさせられました。

 

Serious Sailing, Serious Fun

 

西半球選手権では、レースと同様に「Fun」のほうも最上級のものが求められます。ハイレベルな技術を競い合う場であるとともに、様々な国の選手たちとコミュニケーションをとって、自分たちのセーリング文化を伝え合う社交の場でもあります。今回も、大会期間中は毎日のようにパーティーが企画されていました。開会式後のパーティー、レース二日目のウェルカム・パーティー、三日目にはパブでの飲み会、そして最後の表彰パーティー。 Sailingのほうは置いといて、「Fun」のほうは世界屈指のトップセーラーである編集部。せめて夜だけでも勝とうと気合満点です。

 

ウェルカム・パーティーで主催者側が準備した盛り上げ企画は、なんと「KARAOKE」。雇われ司会者のオバちゃんが、トップバッターとして「ハポーン!(スペイン語で日本の意)、カモーン!」と呼ぶのでステージに上がると、勝手にかけられた曲はビートルズの“ I Saw Her Standing There”。学生時代、ビートルズの曲の歌詞が書いてあるだけの文庫本「ビートルズで英語を学ぼう(講談社文庫)を読んで、真剣にそれだけで英語をマスターしようと考えていた編集部。それゆえに、英会話はまったくダメですが、ビートルズのナンバーなら いくらかは歌えます。というわけで、やめときゃいいのに大熱唱。夜のトップ賞(オバカ賞)を獲得です。

 

最高のもてなしをしれくれた、プンタ・デル・エステ・ヨットクラブの

クラブハウス

 

 

 

表彰パーティーで大会ロゴの入ったジョッキが参加者全員にもらえました。これで飲みまくるぞ〜!(ジュニア以外は)

 

 

 

ちゃっかりトップ賞で表彰された編集部・山崎ペア。目がいってます。

 

 

 

 

ジュニア3位で表彰された古谷・鈴木ペアだったのですが・・・。

会で一番盛り上がるのは、やっぱり表彰パーティーです。いままでは、総合成績の入賞者と各レースのウィナーしか表彰されませんでしたが、今回は女子ペアの上位3チーム、ジュニアペアの上位3チームも表彰されることになっていましたので、山口・茨木ペア(女子代表)と古谷・鈴木ペア(ジュニア代表)には「そんな表彰があるから、総合成績で途中経過が悪いからって、諦めるなよ!」と言っていました。その甲斐あってか、両チームとも最後の表彰パーティーで見事表彰を受けました!日本選手も「やったー!おめでとー!」と、みんなで大盛り上がりです。

 

そんな感じで、飲めや踊れやの大騒ぎ(ジュニアは飲めないけど)。女子とジュニアで表彰を受けたチームは、シーライオンの彫刻のトロフィーを嬉しそうに抱きしめて、上機嫌です。そんなとき、大会を仕切ってくれていたウルグアイのマーティンが編集部のところにやってきて、

 

「コージ、謝らないといけないんだけど、シンゲン(古谷選手)とケイシ(鈴木選手)はいるかい?」

 

じつは古谷・鈴木ペアはジュニア3位ではなく、4位だったとのこと。それを間違って表彰してしまったそうです。嬉しそうに抱えていたトロフィーを、マーティンに取り上げられてしまいました・・・。

 

そんなハプニングも楽しい想い出。こんなハードなシリーズを戦ったのですから、みんなが勝者です。日本チームで優勝したブルーノとダンテを捕まえて、西居選手が持ち込んだ日本酒を呑ませて彼らの勝利を祝福します。そしたら、母国へ帰れば医者という仕事がまっているダンテちゃん。あまりの嬉しさに優勝カップへビールをなみなみと注いで、ひとりで勝手に飲み続けています。知らない間に、そこがパーティーの中心となって、優勝カップで回し飲み。酔っ払いドクターのダンテが「去年も日本のみんなが歌っていた、あのビューティフル・ソングを歌ってくれよ」とリクエスト。それに応え、みんなで“上を向いて歩こう”を大合唱。このパーティーが一番盛り上がった場面のひとつでした。

 

今回、大会運営で一番感じたのは、選手たち自身がほとんどすべてを行なっているということ。企画も準備も盛り上げも。日本では、県連や協会の、すでに選手としては活動していないボランティアの人たちに任せっきりになっている、そんな場合も多いんじゃないでしょうか。でもここでは、自分たちが戦いたいステージ、自分たちが楽しみたいパーティー、それらを自分たちで作り上げる選手たちがいます。それも年齢的には編集部と同じか、それよりも若い選手たちです。レースでも陸の上でも、編集部にとって、本当に見習うことが沢山の大会でした。■

間違いだったのでトロフィーは没収されました。

マーティン:「ごめんね、シンゲン」

シンゲン:「まじっすか〜!?」

 

マーティン:「ごめんね、ケイシ」

ケイシ:「あいたたたたたたた」

 

優勝したブルーノは、サケ(日本酒)でご満悦。

 

 

 

 

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