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sailors file 009
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470級のクルーとして、国民体育大会で優勝すること4回。北京オリンピックを目指してもおかしくない実績と実力を身に付けながら、彼の視線は違うところに向かっている。爽やかな容姿の奥底には、泥臭い勝利への欲望を隠している。いま、すべての能力を手にした彼が、鷸(シギ)の舞う大空へ羽ばたこうとしている。
text by Koji Ida photographs by Koji Ida /Gusty Photo Service
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絵になる顔である。筆者がスナイプのレース会場に足を運んだ際、ほとんど必ずと言っていいほど、彼と出会うことになる。
「チーすッ!」
ハーバーのバースで、必要以上に猫背の姿勢をつくって、照れたような笑顔で近づいてくる。その丸めた背中からは余分な脂肪が削り取られ、巨人ゴリアテを打ち倒した英雄ダビデの彫刻を思わせる。ある意志によって造りだされた、目的も持った肉体。
山近宏選手は、聖光高校ヨット部でセーリング競技をはじめ、卒業後はそのまま地元の強豪実業団であるニッテツ電子(現シルトロニック・ジャパン)に進む。470級とスナイプ級の両方でクルーを務め、両クラスで国内トップの成績を収めている。
高校ヨット部から実業団トップチームへ。そんな選手は沢山いる。しかしながら、それらの選手たち全員が、競技生活を長く続けられる訳ではない。高校や大学時代に好成績を収めた選手でさえも、実業団での安泰が約束されている訳ではないのだ。結果を出せない人間、使えない人間、やる気のない人間に、企業は金も時間も与えない。それは、実業団の競技選手だろうが、一般の従業員だろうが、扱いに変わりはない。逆に、それ自体で利益を生み出さないアマチュアスポーツの方が、より現実的な世界なのかもしれない。
山近選手は、高校時代に目立った戦績を残している訳ではない。しかしながら、そんな厳しい世界の中で彼は活動を継続している。しかも、その厳しい世界を十分に楽しみながら・・・・・・。
筆者は、彼が実業団に入ってきたときから、ずっと観ている。出会った頃の山近選手は、ときに470のハーネスをまとい、ときにスナイプでハードにハイクする。悪く言えば、便利屋クルーとしての使われ方。筆者も高校を卒業して大学ヨット部に入ったとき、同じような感じだったので、「辛いだろうな」と思って彼を観ていた。
だが彼は、筆者の思惑とは関係なく、十分に楽しんでいた。よくよく考えれば、体格もよく、反射神経と瞬発力、柔軟性も優れている。なんでもやらされた、のではなく、なんでも出来たのだ。高校時代は、配艇や乗艇回数に恵まれていた訳ではなかったのだが、実業団チームに入ったことを切っ掛けに、なんでも出来る才能に、なんでも乗れる機会が与えられたのである。彼は、ヨットに乗れることを楽しんだ。ここから「ヤマチ」の才能が、急速に開発されていく。 |
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470級では、中村公俊選手(山口県スポーツ交流村所属)とコンビを組み、山口県代表として、国民体育大会の為だけに活動している。今年の岡山国体も含め、過去4回の優勝という成績をたたき出してきた。全日本やナショナルチームで抜群の成績を収めてきた中村選手といえども、彼一人でこの結果が残せる訳がない。トラビーズでの広大な運動エリア、セールモデルの特性を理解し、その風域のVMGを感覚で判断しながらのスピントリム、高速プレーニング状態での的確なコース判断。この種目でクルーに求められる要素は、他のツーマンディンギーとは比べものにならない。470級とは、批判を恐れずに書けば「いいクルーと乗れるかどうか」の競技である。ヤマチへの周囲からの評価は、彼自身が思っている以上に高い。
スナイプ級では、2000年の全日本選手権(長崎)から、現在の安部選手とコンビを組み始めた。そこで、いきなり3位入賞と結果を出す。翌年の全日本(境港)でも連続して3位入賞。2001年のウルグアイワールド、2002年のロングビーチ(米)西半球選手権で日本代表となる。彼はそれらの戦いの中で、自分の居場所を発見した。そして、自分のやりたいことをしっかりと口にする。
「スナイプで勝ちたい」
いままでの実績と、彼の実力を見れば、北京オリンピックを目指しているのが普通だと思う。筆者がもしも五輪を考えるのであれば、真っ先に彼のところへお願いに行くだろう。いま現在、オリンピックを目指していない人間の中で、一番オリンピックに相応しい人物。
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彼のキャリアは、470で勝った回数よりも、スナイプで負けた回数の方が遥かに多い。その敗北の数が、彼の行動理由に直結している。爽やかな顔立ちながら、中身は不器用な人間である。自分の気持ちやレースへの動機を上手く言葉で表現できるような器用さは持っていない。
「勝ちたいだけっすよ」
ただそれを繰り返すだけ。取材者の立場としては、やりにくい相手である。そのウソ臭いまでの真面目さと、甘いマスクの裏に隠した熱い闘志は、キムタクが演じるTVドラマの主人公にも似る。
今年、小戸で行われた全日本スナイプ。レースの前半を総合トップで纏めながら、本人たちも疑問が残る失格判定と、ラダートラブルにおけるリタイヤによって、初優勝はまたもお預けとなった。しかしながら、彼らが日本のトップレベルにいることは誰も疑わない。10月の全日本実業団選手権では、何レースかでスキッパーも勤め、強豪のひしめくハイレベルなレースの中を、殆どシングルでスコアを纏めた。
ヤマチの才能がきらめき始めた。なんでも出来る能力に、なんでもやってやる、という強い意志を併せ持っている。多艇種をこなす技術に、ポジションも関係ない。クールな表情、熱い感情、冷静な判断力、爆発的な瞬発力。実行力と実現力と誰にも負けない膨大なる努力。すべてを備えたスーパーセーラーは、このスナイプというフィールドでの勝利に飢えている。未だ見ていない次のステージを目指して、ヤマチは更に帆走りはじめる。■ (文中敬称略)
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山近 宏 Hiroshi Yamachika 山口県聖光高校ヨット部にてセーリング競技を始め、高校卒業後、地元のニッテツ電子(現シルトロニック・ジャパン)ヨット部へ。全日本スナイプでは2000年長崎大会、2001年境港大会で3位の成績を納める。国際大会へは、2001年ウルグアイワールド、2002年ロングビーチ西半球で日本代表。470クルーとしても、国民体育大会で4回の優勝を数えるタイトルコレクター。愛称は「ヤマチ」。この記事の執筆時点では、彼女募集中。1978年生まれ 175cm 67Kg B型 |
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