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race report 019

 

 

7年ぶりに牛窓で開催された全日本スナイプ選手権。瀬戸内の風と潮が選手たちを悩ませる。そんな中、現役大学生の若い二人に、勝利の女神が微笑んだ。信じ続けたものだけが迎えることのできる、その瞬間。彼らの偉業が、この日本スナイプの未来に可能性を予感させる。

 

text & photographs by Koji Ida

 

う、あれから7年も経ってしまったのか。前回、この牛窓で全日本スナイプが開催されたのが1999年。そのときも、軽風下での長い風待ちと、河のごとき潮流が選手たちを苦しめた。どんなトップセーラーでも、ひとたび気を抜けば、その蟻地獄へ引きずり込まれ、後続の艇団へと飲み込まれてしまう。逆に神経質になりすぎても、蜘蛛の巣にからみ獲られるがごとく、もがけばもがくほどに身動きできなくなってしまう。前回同様、そんなリスクと隣り合わせの緊迫した戦いが繰り広げられた。

 

各地方予選を勝ち抜いた67艇が岡山県牛窓ヨットハーバーに集結し、第59回全日本スナイプ選手権が開催された。蒲郡での世界選手権で、盛り上がりのピークを迎えた翌年の全日本選手権。多少の入れ替わりはあったものの、選手の顔触れに大きな違いはない。昨年ワールドの日本代表のうち、杉山・金田ペア(静岡ガス)、高村選手、森田選手(ともにホンダ熊本)、加原選手(シエスタ)などは不参加であったが、世界2位の松崎・杉浦ペアと、昨年の全日本優勝チームである児玉・田中ペア(ともに豊田自動織機)は、今シーズンに入って牛窓で7回の事前合宿を敢行し、必勝を期す。ミスターワンデザインの白石選手(ノースセール・ジャパン)も、470級でペアを組む東選手と出場。

 

有力チームがひしめく中で、筆者が一番注目したのは、大藪・水野ペア。大藪選手は広島大学OBで、96年の全日本スナイプで3位の実績を持ち、クルーの水野選手も福岡大学出身のトップスナイパー。今年に入って、西日本ウィーク、セイルヒロシマ、中国選手権、と主要なグレードレースを立て続けに制覇し、まさしく優勝候補筆頭。10月に開催されるマイアミでの西半球選手権を目指す、武居・伊藤ペア(アイシン・エーアイ)、瀬戸口・藤田ペア(ホンダ熊本)、安部・山近ペア(シルトロニック・ジャパン)なども、この全日本スナイプで弾みをつけるべく意欲満々。インカレ個戦2位の出道・板垣ペア(同志社大学)も十分に優勝を狙えるところにいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

んなタイトル候補の選手たちを嘲笑うかのように、牛窓の風が翻弄する。4日間の大会日程で、レースが出来たのは初日と最終日の2日間のみ。SCIRAが定めるレース規定ギリギリの軽風下で、5レースでの決着となった。優勝したのは、梶本・今井ペア(同志社大学)。本人たちを含む、誰もが予想しえなかった結果である。

 

梶本選手は、大学からヨットをはじめ、四回生になった今シーズンから本格的にティラーを持った、いわばノンセレクション。名前だけであるが、筆者は彼の所属チームでヘッドコーチという役柄をいただいているので、多分に私見が入り過ぎることを前もってお詫びしておきたい。少しだけはっきりと書くが、全日本タイトルには、まだまだ値しない選手である。

 

「こんな僕が勝ってしまって、ごめんなさい」

 

表彰式で、こんなコメントをしてしまうほど、いままで自信をつけるような勝利を経験したことはない。琵琶湖での地方予選でも10位という成績。たまたま、他水域での余剰枠が発生したお陰で、出場資格が繰り下がって運よく参加できた全日本スナイプ。そんな彼が、なぜ優勝スキッパーになれたのか。

 

ひとつの大きな要因は、クルーの今井選手。普段は470のスキッパーをしている彼が、今大会は梶本選手のクルーとしてチームを牽引した。このシフティなコンディションで、ヘルムスマンをセーリングだけに集中させることが出来たのが、一番の勝因であろう。今井選手がなぜ、全日本スナイプにクルーとして出場することになったのかは、KAZI誌でのレポートに譲りたい。今シーズン、筆者が何度怒鳴っても出来なかった有利エンドでのスタートが、今井選手がリードすることによってファインスタートを連発。そんなに上手く出来るなら、もっと早くやってくれよ。と、怒鳴続けたこっちが悲しくなる。

 

 

者が指導者として、彼らに何か特別なことをした訳ではない。ただ、4回生からスキッパーをはじめても、スムーズに導入できるようなシステムを実行してきたつもりではいる。今シーズンの学生たちには、インカレを目指すのは当然として、「3艇が全日本スナイプでトップテンに入る」という目標を課した。昨今のインカレを観るに、それくらいの実力がないとクラス優勝は狙えないと感じたからだ。大学からヨットをはじめた選手には、到底達成できるとは信じられない、高すぎる目標かもしれない。でも、筆者は彼に言い続けた。「お前なら出来るはず、その資質があるから」。

 

要は、自分の可能性を信じられるかどうかである。教える側が疑ってしまえば、本人もそれに流されてしまうかもしれない。誰もが成功を手にできる訳ではないが、指導者が勝手に選手の可能性を限定してはいけない。それだけは常に意識してきたつもりである。筆者が高校のとき、先輩から聞いたことがある。急激に、生まれ変わったように速くなる時期があるのだと。信じて猛練習してきた者にだけやってくる「ある日、突然」。梶本選手にとって、その日が来たのかどうかは分からない。だが、信じて練習してきたことは確かである。

 

繰り返すが、彼はまだチャンピオンに値する選手ではない。その肩書きに見合うよう、自分を高める努力をするか、この名声におぼれて我を見失うか。後者となれば、負けていった連中に失礼だ。卒業後にヨットを続けようが、続けまいが、そのことだけは肝に銘じて欲しい。しかしながら、現役学生で、しかも大学からヨットをはじめての全日本優勝。これほどの偉業を達成した前例を知らない。確かに、牛窓でなければチャンスはなかったかもしれない。出場枠が廻ってきたのも、カットレースが発生しなかったのも幸運だ。すべての偶然がこの勝利の要因になっている。しかしながら、2位以降の顔触れからするに、ラッキーだけで征服できるシリーズではない。大学ヨット界でもジュニア出身の選手が上位を占めている現在、同じ大学からヨットをはじめた選手たちに、大きな可能性を示してくれた功績は、決して小さいものではない。

 

 

 

 

 

んな偉そうなことを書きながら、実はこっそり筆者も出場していた。教え子に威張れるような結果でなかったことは、何処かで成績表を入手して確かめてもらいたい。取りあえずは、一度だけトップホーンを鳴らせたことをいい想い出として、今大会を記憶に留めたい。ヨットレースは前を帆走らないとまったく面白くない。逆に前を帆走れば、これ以上に爽快なものはない。そんな単純なことを気付かせてもらえたので、また来年も頑張れそうだ。まずは自分の結果を隅へおいて、後輩たちの偉業に便乗させてもらい、しばらくは美酒に酔いたい。

 

今大会の上位8チームへは、来年9月にポルトガルで開催される世界選手権への出場資格が与えられる。軽風シリーズでの予選だけに、強風が予想されるワールドへの正当な選考レースになりえるかと心配したが、結果的には日本の誇るべきトップセーラーが上位を占める形となった。日本スナイプは来シーズン、どのような展開を見せるのか。世界を目指すベテランチームの活躍とともに、梶本・今井ペアに続く若い選手たちの躍進を期待する。■

(文中敬称略)

 

All Japan Snipe Championships 2006

2124 September  2006

Total

 

1st

梶本・今井 (同志社大学)

49

2nd

白石・東  (ノースセール)

52

3rd

武居・伊藤 (アイシン・エーアイ)

52

4th

児玉・田中 (豊田自動織機)

61.5

5th

大藪・水野 (セイルヒロシマ)

65.75

6th

安部・山近 (シルトロニック

67

7th

進藤・林  (三井物産ヨット部)

70

8th

松崎・杉浦 (豊田自動織機)

78

9th

長谷川・田中(福岡大学)

86.75

10th

西村・東房 (同志社大学)

89

67boats/5races(no cut)

 

 

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