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race report 021

 

2001年に世界選手権も開催されたゲレンデ、プンタ・デル・エステ。この南米有数のリゾート地での強風シリーズは、日本代表たちに厳しい洗礼を浴びせかけた。彼らの目には一体何が映り、その先に何を見据えているのか。

 

text by Koji Ida

photographs by Koji Ida, G.Seguessa & J.Sanchez

 

ンタ・デル・エステ。1986年の通商交渉「ウルグアイ・ラウンド」が開催された場所としても知られているこの地名は、スペイン語で「東の岬」を意味する。南米大陸の南東に位置し、ブラジルとアルゼンチンという大国に挟まれたウルグアイ。面積は日本の半分程度だが、その国土の90%を牧畜場が占めている。国民の約半数150万人が首都モンテビデオに居住しており、それ以外の土地では広大なパンパが広がっている。日本からアメリカを乗り継いで約30時間のフライトの後、モンテビデオ郊外にあるカラスコ国際空港から長距離バスに乗って約2時間。果てしなく広がる放牧場の景色の先に突然として出現する南米有数のリゾート地。それが今回2008年スナイプ西半球兼東洋選手権が開催された東の岬、プンタ・デル・エステだ。

 

大会は、カナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、コロンビア、バミューダ、日本の9カ国から49チームがエントリー。日本からは代表9チームが出場した。前回2006年のマイアミ大会から出場艇数が拡大され、しかも今回は南米開催ということで、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの強豪チームが数多く出場。優勝候補を挙げていくと、王国ブラジルからはスナイプ絶対王者のPARADEDA・KIELING組や、南米選手権やブラジル選手権では何度も優勝しているが、ワールドと西半球ではまだタイトルを獲れていないBETHLEM・BIANCHI組。アルゼンチンからは入賞常連のイケメン実力者OCARIZ・LOPEZ組。地元ウルグアイは前回マイアミ大会で優勝したDEFAZIO・FINCK組に期待がかかる。唐津ワールドでも優勝した名手RICARDO FABINIも久しぶりに登場した。アメリカからは昨年ワールドチャンピオンに輝いたHORNOS・QUINTERO組、そしてこのクラスの顔であるグランドスラマーDIAZ・TOCKE組。日本は昨年世界2位のベテラン安部・山近組(シルトロニック・ジャパン)を筆頭に、直前の全日本選手権で優勝を争った高橋・加藤組(豊田自動織機)、近藤・窪田組(明治大学)、吉岡・斎藤組(エスピーネットワーク)といった勢いある若手と中堅チームがタイトルを狙う。エントリーリストを見るだけで「世界選手権よりレベルが高いのでは!?」と思ってしまうほどの顔ぶれである。

 

 

 

 

 

 

前トレーニングのため、日本チームはレースの数日前から現地入りしていたが、毎日のように大西洋から岬を越えて吹きつける強風により、ほとんど海上練習ができない。ハーバーに出艇禁止のフラッグが掲揚される中、筆者ペアも無理を承知で海に出たが、スプレッダーの破損やトレーニング用セールの破断などトラブルが続出で、ゲレンデの特徴やボートスピードのチェックをまったくできない状況。「このまま本番が始まったら、この海面をよく知る南米勢にハンディが大きいなぁ」と焦りがつのる。

 

しかしながら、大会前日のプラクティスレースでその不安の多くは解消された。レース海面は岬の西側に設定され、東西に伸びる長い砂浜の海岸線に対して、北東から強い風が吹き付けてくる。この地形の影響で、海岸線付近で大きく左に風がベンドする特性があり、このゲレンデをよく知る南米勢の艇団は、スタート後にスターボードタックで果てしなく海岸を目指して帆走り続ける。上マークに対してオーバーセールを感じるくらいまで左に延ばせば、そこで得られる絶対的なシフトにより艇団を支配できる。逆に早く右にタックを返していった艇は、面白いように上位フリートからこぼれ落ちていく。「左にさえ展開できれば、かならず上位で上マークを回航できる」このプラクティクスレースで得られた答え、日本チームでも共有しあえたレースプランは、至ってシンプルなものであり、大会後の今に振り返ってみても、100%完璧で確実な正解だった。しかしその簡単な答えを、簡単には実行させてくれない大きな壁が、そこには存在したのだ。

 

大会初日の第一レース。予想通りプラクティクスレースと同じ展開となる。前日に確認できた答えをキッチリと実行した学生ペアが日本チームを引っ張る。近藤・窪田が3位、古谷・鈴木(早稲田大学)が11位とまずまずの立ち上がり。高橋・加藤も続く第2レースで9位に入り、スナイプ国際大会初出場の若手チームがスタートから集中力を発揮して、しっかりと前を帆走った。逆にベテラン勢はスタートで消極的になったり、理解していながらフレッシュウィンドを得るために右海面へ展開してしまうなど、フリート中盤以降の順位に終始してしまう。

会二日目には第3、4レースが実施された。初日はまだ若手ペアに可能性を感じられた日本チームであるが、ここから徐々に強風下での実力差を魅せつけられることになる。「左に行きたくても、それをさせてもらえない・・・」優勝候補のトップ選手たちでも、スタート前にコミッティーへ中止を要求するほどのド強風。岸からの風でフラットな海面だったがゆえに、ぎりぎりの状況でレースが実施された。そんな強風下のアップウィンドレグで左海面へ展開していくためには、競り合う他艇よりも前へ前へとバウを出していくボートスピードが要求される。スタート直後の1分程度は上り角度も必要だが、いくら角度がよくても風下艇団との高さが開けば開くほど、最後の左へのシフトで相手にゲインされることになる。いかにスピードを最大限に引き出して、いかに早く左奥のエリアへ到達するか。

 

SCIRA規定に則ったコース設定で、エリアのエンドまでノータックで展開しようと思えば、10分間近く帆走り続けなければならないのだ。強風下でバウを出そうとするなら、単にシュラウドのピンをつめてパワーダウンするだけでは意味がない。セッティングを突き詰めることによってウェザーヘルムを抑えるなど、スピードを阻害する抵抗やストレスを最大限に取り除いてやらなければならない。そして一番重要なのは、その10分間にハイクアウトとセールトリムを最大限の状態で継続すること。それができない者は、左へ向かう艇団のラインから遅れてホープレスポジションへと引きずり込まれるか、ダメだと解っていながら不利な右サイドへ逃げていくしかなくなってしまう。どちらにしても、上マークを上位で回航することはできない。強風下ではSCIRA規定でダブルトライアングルとなるリーチングレグでも、このコンディションを得意とする南米勢に弱点はない。国内のレースのように「上マークが悪くても、フリーで挽回する」というような甘い考えが通用するレベルではないのだ。

 

日本チームとしては、高橋・加藤ペアがこの日の2レースを16−15位と纏めるのが精一杯。三日目、四日目も同じような光景が繰り返される。この四日目になって、やっと笹井・伊藤ペア(アイシン・エーアイ)が第7レースで7位、続く第8レースで高橋・加藤ペアが8位とシングルに食い込むことができるようになってきた。筆者が思うに、これは偶然ではない。日本選手が今回の強風コンディションで遅れをとったのは、技術レベルが低いことが理由ではない。女性ペアの山口・茨木ペアが今大会で一番吹き上がった第4レースをスタート前にリタイアした以外は、他国のチームに沈艇が続出する中、日本チームはすべてのレースをトラブルなく完走している。強風下での帆走技術の安定感は決して負けてはいないのだ。要は国内のレースや練習で、何処までこのコンディションで競い合いをしてきたか。このような場面を想定してトレーニングを積んでいるのは、豊田自動織機をはじめとする蒲郡の実業団チームだけではないだろうか。ゆえに、今回の日本代表の中で高橋・加藤ペアが安定してスコアを纏められたこと、笹井・伊藤ペアが後半に尻上がり調子を上げてきたことは、必然だったと思える。

 

 

 

 

 

 

限の強風下で、最大限のスピードを10分間継続する。それがどれだけキツイ作業かは、練習のときにでも試してみればいい。今大会、最も吹き上がった第4レースでトップホーンを鳴らしたのは、ウルグアイのフォグリア姉弟ペア。スキッパーのアンドレアは女子ワールドで2連覇している実力者とはいえ、12m/sまで上がっただろうこのレースを、世界のトップ選手を抑えて女性スキッパーが勝ち取ったのだ。その日が終わったあとのパーティー会場。そこで映し出されたレースシーンの写真映像を観て、すべての選手がクルー、アレハンドロのハイクフォームに驚きと賞賛の溜息を漏らした。いくら190cmを超える長身とはいえ、まるでトラピーズに乗っているように真っ直ぐに伸びた美しいフォーム。

 

「ハイクアウトって、どうやるんだっけ?」

 

筆者もスナイプに乗り始めて何年にもなるが、その画像をひと目見てから今まで、ずっとそのことを考えるようになった。

 

この強風シリーズに日本チームが翻弄されている中、チャンピオンシップはブラジルの2チーム、BETHLEM・BIANCHI組とPARADEDA・KIELING組の一騎打ちとなっていた。大会は8レースを消化し、最終日に第9レースが行なわれれば二つ目のカットレースが発生する。四日目に連続トップで逆転したBETHLEM・BIANCHI組が僅差で総合1位に立ち、最終レースでPARADEDA・KIELING組を5位以下に陥れれば、念願のタイトルに手が届く。選手権の行方は彼らの優勝争いだけに注目が集まった。

 

そんな背景の中で迎えた大会最終日。それまで吹き続けていた風が、嘘のように止まった。昼過ぎまで風待ちで陸上待機のフラッグがなかなか降りず、選手権はもう終わったかのように思われた。しかしながらウルグアイでは日没が午後9時となるこの季節、最終レースの最終スタート時刻は午後5時に設定されていた。出艇後もしばらく風を待ったのち、いつもとは違う方向からの不安定な風にコース設定の変更やゼネリコを繰り返す。そしてまた無風による長い風待ちのあと、前日までと同じ北東から薄っすらとブローが海面を支配した。2〜4m/sの微軽風の中でスタートが切られた最終レース。このレースだけ、日本チームがフリートを支配した。やっと左海面の奥に到達できたのだ。風が弱いながらも、前日までの強風と同じように岸よりで大きくベンドする風に乗って、日本チームが上位で上マークを回航する。フィニッシュ順位も1−3−6−7位とシングルに4艇が入り、このレースだけは日本のものとなった。しかしながら、大会の注目はそこにはない。逆転優勝を狙うPARADEDA・KIELING組は、BETHLEM・BIANCHI組にスタート前からマッチレースを仕掛けられ、なんとかそれを振り切るがフィニッシュは10位。この瞬間、BETHLEM・BIANCHI組が初優勝の栄冠を勝ち取った。

「強風じゃなければ、勝てる」最終レースでトップを取れた筆者も、この国を代表するセーラーとして大会に出場した以上、そんな情けないセリフは吐きたくはない。中途半端な風で表面上の結果に喜ぶよりも、強風が吹いてくれてよかったと思えている。すべてを吹き飛ばし、完全燃焼させてくれた。そしてまた新しい課題を与えてくれた。ゴールはまだまだ先にある。勝ってしまえば終わっていたのかもしれない。でも、まだ遠くまで道が繋がっているのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

筆者自身の視点から今大会を振り返ると、決して痩せ我慢ではなく、自分たちの強風下でのセーリングはある意味十分世界に通用するものだと確認できた。このゲレンデ特有の海岸線付近でのシフトがなければ、殆どのレースで上マークを上位で回航できたと思う。ただクローズホールドについては、自分たちには上り角度が抜群に秀でた「ピンチモード」しか持っておらず、距離をゲインするための「スピードモード」を準備できていなかった。このモードをタクティクスと連動させて使い分けることができなければ、世界レベルのフリートで上位を帆走ることはできない。国内での強風レースではこのモードを使い分ける必要もなく、自分の持っているひとつのモードだけで十分に結果を残せたゆえに、もうひとつのモードの必要性に気付けなかった。セッティングについても、強風用にピンダウンしたりスプレッダーやマストステップを変えるということもしたことがない。国内では、ハンドリング技術だけで十分に勝てたから。そういった意味で、この極限の強風下での試行錯誤を如何に繰り返してきたか、というのが今回の差になっていると思う。筆者個人だけの問題ではなく、国単位でのセーリング文化の積み重ねの差ではないだろうか。この遠征で初めて自艇を持ち込んで挑んだことにより、その違いをしっかりと認識することができた。

 

筆者としては2004年ブラジル西半球から4年ぶりの国際大会出場である。このブランク期間での乗り込み不足は否定できないし、以前ほど競技に集中できる環境でもない。リーチングレグについても、やはりこの風域での練習不足ゆえに、感覚を取り戻して順位を上げられるようになったのは大会四日目くらいからだった。ただ、たとえ今回の反省を活かし、いま考えられるベストパフォーマンスでもう一度大会に挑んだとしても、なんとか平均点をシングル後半で纏められるくらいだろう。それでは総合でトップ10に食い込むのが精一杯だ。今大会で優勝を争ったブラジル2チームの平均スコアは2〜3点台である。このコンディションで優勝を狙うためには、まだ筆者が想像できるそれ以上の何かが必要なのだ。

 

 

 

 

回大会は2010年にカナダで開催される。その前に来年はサンディエゴでの世界選手権があり、国内のクオリファイはすでに終わっている。もう次の戦いは始まっているのだ。東の岬でのチャンピオンシップが終わり、表彰パーティーの宴でBETHLEM・BIANCHI組を囲んで騒いでいたら、優勝カップでの美酒に酔っ払った勝利者が日本チームにリクエストしてきた。

 

「去年のポルトガル世界選手権のときに日本のみんなが歌っていた、あのビューティフル・ソングを歌ってくれよ!」

 

そして日本チームのみんなでナミダ酒に酔いながら、その歌を大合唱した。

 

その歌が帰国した今も耳の中に響いている。

その歌がそのまま日本代表たちを鼓舞している。

そして、その歌が新しい挑戦への勇気を与えてくれる。

 

さあ次の戦いに向けて、上を向いて歩こう。■ 

(文中敬称略)

 

Western Hemisphere & Orient Championships

25-29 November   2008

Total

 

1st

BETHLEMBIANCHI

BRASIL

17,25

2nd

PARADEDAKIELING

BRASIL

22,25

3rd

RODRIGUEZRÍOS

USA

34

4th

DIAZTOCKE

USA

45

5th

DEFAZIOFINCK

URUGUAY

45

6th

GAGLIOTTIWISNIEWSKI

BRASIL

55

7th

HADDADBEER

BRASIL

55

8th

WANDERLEZIETEMANN

BRASIL

56,75

9th

GARCIADOVAT

URUGUAY

66

10th

UMPIERREUMPIERRE

URUGUAY

67

15th

高橋・加藤(豊田自動織機)

97

18th

近藤・窪田(明治大学)

103

20th

井田・山崎(島津製作所)

119,75

21th

笹井・伊藤(アイシン・エーアイ)

121

23th

古谷・鈴木(早稲田大学)

133

29th

吉岡・斎藤(エスピーネットワーク)

163

33th

安部・山近(シルトロニック・ジャパン)

188

35th

西居・橋本(松喜屋)

200

43th

山口・茨木(トヨタレンタリース福岡)

275

49boats/9races(2cut)

 

 

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